「七曲峠」を守っていこう

 羽後町西馬音内と田代を結ぶ県道の中間に、冬のイベント「ゆきとぴあ七曲」で花嫁道中の舞台になっている「七曲峠」があります。その峠道の中腹に清水の湧き出る所があり、いつの間にか私たちはその湧水を「長命水」と呼ぶようになりました。以前から、この水は道中の人々の喉を潤してきましたが、今では飲料水としてわざわざ汲んでいく人も見られます。

 「長命水」の周辺の環境を整備していつまでも美味しい水を確保しようと、田代後継者会(会長・阿部則夫さん)では今日の午後4時から、恒例になった「長命水祭り」を行いました。祭りといっても、湧水地の周囲の草を刈ってから水鉢のゴミを掃除し、隣接する杉の大木に掛けている注連縄を交換するというもので、同会が10数年前から自主的に企画し、毎年お彼岸のこの時期に実施しています。作業の後には簡単な神事を行い、「長命水」が枯れることなく、道行く人々を守ってくれるようにお祈りし、後はお祝いの一献です。

 七曲峠では23日(秋分の日)、「七曲の桜を守る会」の会員が15名ほど参加して午前10時から、道路の路肩や沿道にある桜の周辺の草刈を行っています。桜は七曲峠を自動車が通れるように改修工事した50年以上も前、当時の地主で工事の推進役となった「長谷山家」が植えたもので、峠のシンボルにもなっています。同会はそうした先人に感謝し、後世に受け継いでいこうとして20年程前に発足し、毎年、剪定や草刈などの管理と桜苗木の植樹を行ってきました。

 七曲峠も地域にとっては大切な地域資源。周辺の道路整備が進んで自動車の往来が少なくなったとしても、大事にしていきたい道路です。峠の途中には東屋やミニ花壇、展望ポイントもあり、道路公園のようにもなっています。きのう今日と秋晴れに恵まれ、絶好の稲刈り日和でしたが、ボランテアのメンバーは誰ひとり文句を言うこともなく、清々しい汗を流しました。

# by shouichiro_sato | 2006-09-24 23:16 | 地域活動 | Comments(0)  

私事ですが、青森まで行ってきました

 私の母の楽しみは、青森市に住んでいる娘(私の妹・51歳)へ会いに行くこと。毎年秋には収穫したばかりの新米や野菜などを車に積んで、母を送っていくのが私の務めです。しかし昨年秋は、東京にいる妹の息子夫婦に子供が生まれたことで先方が忙しく、今春には母自身が入院したこともあって、楽しみは延期されておりました。

 そこで今日は、母の体調も回復したうえに絶好の秋晴れとなりましたので、2年ぶりに送っていきました。ただし、運転手は私の息子。自分は息子の(初体験となる)長距離ドライブのナビゲーター(案内役)です。

 朝8時に自宅を出発。往路は全て一般国道を利用。本荘ー秋田ー大潟ー能代ー深浦ー鯵ヶ沢ー五所川原ー浪岡を経由して、青森市まで290kmありました。途中、道の駅「てんのう」と「ふかうら」で休憩し、「千畳敷ドライブイン」で昼食。五所川原では話題になっている「立佞武多の館」を見学して、青森到着は午後3時30分。所要時間7時間30分の旅でした。

 復路は、午後4時45分に妹の家を出て国道7号線を平川市碇ヶ関(旧・碇ヶ関村)まで南下し、碇ヶ関ICから東北自動車道に。そして、北上JCを経由して横手ICで国道107号線へ。浅舞ー植田ー今泉橋ー北沢峠を経由して自宅まで、走行距離は310km。途中、碇ヶ関のコンビニで休憩、「岩手山SA」で夕食をとってからはノンストップ。到着は午後9時45分で、所要時間は5時間でした。

 確かに、妹夫婦が青森に定住してからの20年余りで、交通事情は大きく改善されました。特に(通行料金はかかりますが)高速道路網は快適で、この後、日本海沿岸東北自動車道の岩城IC以南、東能代ICと小坂JC間が整備されれば、もっと青森市も近くなることでしょう。さらに、県南部と山形県との高速道路が雄勝ICや仁賀保IC以南で結ばれれば、ようやく秋田県も陸の孤島から脱出できるというもの。助手席で周囲の状況を観察しながら、改めて事業の必要性を痛感し、早期完成を夢に描いた一日となりました。

 ただ、気になったことも一つありました。国道101号線・鯵ヶ沢町の名物であった「イカ干し村」を見過ごしてしまいました。海岸に添って何軒ものお店が並んで「イカ干し」をしている光景は沿線の風物詩ですが、バイパスが開通したことで車の流れが変わってしまい、(入口の看板はありましたが)通り過ぎてしまったのです。立派な道路ができたことで、自動車がただ通過するだけになってしまうようでは地域の方々が気の毒です。やはり、道路整備とあわせて地域資源を活かす総合的なまちづくり計画がないと、過疎化やストロー現象に拍車をかけることになってしまうようで、心配になりました。

# by shouichiro_sato | 2006-09-23 23:50 | 今日の出来事 | Comments(0)  

「連続児童殺人事件」、注目される秋田県警の調査結果

 「これではとても納得できない」、というのが本音でしょう。

 今年春、秋田県藤里町であった連続児童殺人事件で、男児を殺害された父親が、県公安委員会に苦情を申出たことに関して、昨日開かれた県議会教育公安委員会で杵淵智行・県警本部長は、4月の女児の水死を事故の可能性が高いと判断したことについて、「もう少し慎重であるべきだった」としながらも、初動捜査に「ミス」があったかについては言及しませんでした。この捜査がしっかり行われていれば、約1ヵ月後に近くに住む男児が被害に遭うこともなかったと思われ、事件当初の警察の対応が問題になっています。

 所轄署は女児の水死体が発見された翌日の4月11日、遺体に損傷がなく(容疑者が逮捕された後になって頭部に骨折があったと訂正)、着衣の乱れもなかったこと。川原に滑った跡があるとして、遊んでいるうちに誤って川に落ちて流された事故と判断。捜査体制も大幅に縮小し、地域内での十分な聞き込みも行っていませんでした。しかしその後になって、男児を殺害した容疑者が自分の娘も橋の上から突き落としていたことを自供したため、「初動捜査のミスが重なって尊い命が奪われた」と、地域住民や男児の遺族から捜査の在り方に批判が噴出、警察の責任を問う声が高まっています。事実、女児の事件の再捜査に本格的に着手したのも、男児殺害の容疑者を逮捕した後になってからでした。

 そこで確認しておきたいことがあります。警察では様々な事案についての判断はどの段階で行われているのかということです。事案の内容によっては所轄署が独自に判断する場合や、刑事事件ともなれば公訴との関係で検察の判断を仰ぐこともあるでしょう。県警本部長は9月4日の教育公安委員会で、「(責任の所在は)私が誰よりも重く受け止めなければならない」と発言していますが、それは組織上のことでしかありません。(最終的な報告は受けているでしょうが)女児の場合は最初から事故死と判断されたためか、捜査本部が設置されたという報道はありませんでした。しかし、男児の場合は首に絞められた跡があったことから、県警刑事部長を本部長とする県警と所轄署の合同捜査本部が、その日のうちに設置されています。

 このことからしても、「事故」と判断した所轄署の段階に誤りがあったと思われますが、謙虚にそれを認めないのは何故なのか。「ミス」を認めれば遺族にたいして謝罪の必要があり、それでは「警察のメンツにかかわる」という考えが内部にあるとすれば、県警への信頼回復どころか、県民と警察との溝が一層深まってしまうことになるようで心配です。「ミス」の有無を含め、明確に答弁をしない県警本部長の姿勢は、警察組織をかばっているようで、釈然としません。男児の父親の苦情の申出は警察法に基づく制度ですが、回答時期に関する定めはないとか。しかし、国民が警察の対応に不満があった場合に公安委員会に苦情を申し出ることができることによって、警察の一方的な判断にならないようにしているのですから、法の主旨を尊重して、できるだけ早く対応していただきたいと思います。

 ただし、県警への苦情に対する調査をするのが公安委員会の指示を受けて県警自身であるとは、これまた不思議な制度ですから、申出者はもとより県民が納得できる調査結果になるのか、注目したいと思います。 

# by shouichiro_sato | 2006-09-22 23:25 | 社会・話題 | Comments(0)  

「秋の全国交通安全運動」が始まりました

 今朝、国道107号線で由利本荘市の中心部に入ったら、道路の両脇にはたくさんの幼稚園児がいて、警察官に停止を命じられました。窓を開けると、かわいい声で「気をつけてネ」とひと言。折鶴のマスコットとドリンクを頂きました。そうです、恒例になっている秋の交通安全運動が今日から10日間、全国で始まりました。

 それにしても毎日、悲惨な交通事故のニュースが報じられています。その中で、先月25日に福岡県で発生した飲酒運転による幼児3人が死亡した事故の後、飲酒運転の徹底追放が叫ばれ、全国一斉の緊急取り締まりが実施されたり、マスコミを挙げて撲滅キャンペーンが展開されているにも拘らず、逮捕・検挙される運転手が後を絶ちません。この一週間を振り返っただけでも、公務員や先生、そして町教育長にそれを取材した新聞記者と、開いた口がふさがらない状態です。一体どういうことでしょう。

 「飲んだら乗るな。乗るなら飲むな」。この鉄則を守れば何も難しいことではないのに、「少ししか飲んでいないので酔っていない」「代行車が来ない」とか、「一眠りしたので酒が醒めたと思った」「家が近いので」などという、自分勝手な言い訳で、結局は人生を狂わせる重大事を引き起こしています。公務員に限らず、飲酒運転で検挙されれば、懲戒免職などの厳しい処分を行うのが社会の常識にもなってきましたから、「捕まらなければ」などという安易な気持ちを持つこと自体、猛省しなければなりません。当然、運転することが分かっていながら酒類を提供した場合や、飲酒後の運転を幇助した者に対する罪も厳しくする必要があります。

 聞くところによると、検挙される人の大半は常習者。普段から飲酒運転を繰り返している人が多いとか。さらに、20~30代の若者。自分の立場や社会の厳しさに疎い世代が多いようです。また、飲酒後は気をつけていても、翌朝に車を運転する時、昨夜のお酒が残っているような感覚がある場合も危険です。お酒を飲む人なら誰でも一度や二度は経験しているこうしたことも、事故が起きてからは手遅れですから、今からでもお酒を飲んだ場合の生活習慣をしっかりと改めるよう、家族ぐるみで注意し合いましょう。

 夕暮れが早くなり、雨などが降ると視界が悪くなる季節になりました。早めのライト点灯、シートベルト着用、安全なスピード走行を実践しましょう。毎日、自家用車を運転して県内を飛び回っている自分も、さらに慎重に安全運転を心がけてまいります。

# by shouichiro_sato | 2006-09-21 13:38 | 社会・話題 | Comments(0)  

自民党総裁選に思うこと

 自由民主党の総裁選挙は今日の午後、所属する国会議員の投票が行われ、党員・党友票と合わせて開票された結果、安倍晋三官房長官が投票総数の66%を獲得して当選し、第21代総裁に選任されました。同党総裁では初の戦後生まれ、史上最年少で51歳。政治家の親子3代にわたる毛並みの良さと、北朝鮮の拉致問題への対応などで国民の人気も高く、麻生太郎外務大臣(65)と谷垣禎一財務大臣(61)の2候補が善戦したといっても、結果は予想どおりの大勝でした。

 その分、当事者が言うほどには選挙戦の盛り上がりもなく、国民の関心は高まらなかったと思います。「美しい国日本をつくろう」という公約も曖昧であり、「小泉改革の火を消さずに受け継ぐ」とすれば、内政の重要課題となってきた財政再建と格差社会の解消や、アジア外交の再構築も先行き不透明です。さらに自民党内には、人気先行の勝ち馬に乗る現象が起きてしまったようで、消化試合と揶揄されるような「物足りなさ」も残った感じがします。

 20日の秋田魁新報は社説で、「安倍政権は来年夏の参議院選挙を待つことなく、なるべく早い時期に衆議院解散・総選挙を行い、民意を問い直すべきではないか。それが憲政の常道であり、高い人気が本物かどうかの裏付けになる」として、人気より政策で国民の審判を受けるべきだと、大胆に提言しています。昨年秋の衆院選で圧勝した自民党にとっては、解散など毛頭考えられないことでしょうが、安倍政権が国会審議で多数の論理を振りかざし、教育基本法や憲法改正などの重要課題で「タカ派的スタンス」を強調することになれば、世論の動向はわかりません。新総裁の記者会見を聞いて、一抹の不安も覚えました。

 秋田県の党員・党友票は、安倍氏4票、麻生氏1票。二田・御法川両衆議院議員は安倍氏に、金田参議院議員が麻生氏に投票しています。安倍氏優勢といわれる中で、地域間格差の是正と地方重視を強調した麻生氏に対する期待の声があることを、安倍政権はしっかり受け止めてほしいと思います。尚、私はどの政党にも所属していないために総裁選の有権者ではありませんが、地方自治の一端を担ってきたものとして、麻生氏の主張に共鳴するものがありました。

# by shouichiro_sato | 2006-09-20 22:33 | 国政・時事 | Comments(0)  

国体も職場の理解と協力が必要です

 秋田県で開催される「第62回国民体育大会(秋田わか杉国体)」まであと1年余。競技が行われる市町村では今年、本番に向けてのリハーサルとなる各種大会が開催されています。羽後町でも「2006年全日本社会人ホッケー選手権大会」が10月21日~25日に開かれるため、準備も大詰め。そこで今日は、県ホッケー協会理事長・藤原要司さんと二人で、大会に出場する選手の職場を訪問してきました。

 社会人大会の選手の皆さんは全員が就職しており、職場の理解と協力がなければ試合に出場することができません。ましてや、地元での休日の試合ならともかく、県外大会や強化合宿などに参加するには、職場に迷惑をかけることもあります。特に忙しい時などは、選手自身も肩身の狭い思いをすることがあり、私も競技団体の代表として湯沢市や町内の職場の責任者に直接会って、県ホッケー協会として全日本大会への派遣依頼とお願いの文書を手渡しました。

 実際、この夏に行われた東北大会で、職場のローテーションがうまくいかないとして、町外の私立保育所に勤務する女子の有力選手が休ませてもらえず、出場できないことがありました。当然、どの職場でも少数精鋭で仕事に励んでいますから、無理はできません。地元に就職すること事態が難しい今日、無理にお願いをすると、「辞めていただいても結構です」と言われるのが実情ですから、気の毒になってきます。

 確かに、企業がかかえるクラブチームも激減し、社会人にとっては厳しくなっているスポーツ環境です。しかしながら、先頃のTDK野球部のように、選手が活躍することによって企業イメージが向上すれば、支援体制も一層強化されることでしょう。選手の皆さんも協力してくれる職場の期待に応えていかなければなりません。そのためにも、「それは全国レベルで活躍する特別な人のこと」などと言わずに、「秋田県の代表として参加するんだ」という自覚を持って臨んでもらいたいと思います。

 直前に開催されるワールドカップ(男子は9月にドイツ、女子は10月にスペイン)の日本代表選手など、日本のトップレベルの選手とチームが参加する「全日本社会人ホッケー選手権大会」。10月21日(土)午前9時から、県立羽後高校に隣接する町多目的運動広場(人工芝ホッケー場)で開会式が行われ、10時10分から競技が始まります。秋田県チームは1回戦で、女子が同所で午後2時40分から「しいたけ本(大分県)」と、男子は翌22日(日)午前10時10分から横手市十文字陸上競技場で「東京ガス(東京都)」と、それぞれ対戦します。競技力強化の成果も出てきていますから、皆さんも応援に来てください。 

# by shouichiro_sato | 2006-09-19 18:54 | 秋田わか杉国体 | Comments(0)  

名誉県民・小畑勇二郎さん、生誕100年

 私が元秋田県知事・小畑勇二郎さんと親しく話すことができたのは、今から32年前、昭和50年の5月でした。秋田市寺内にある県青年の家で開かれた研修の講師として、県内各市町村から集まった200人ほどの青年達にお話をされました。それまでは名前は知っているものの、大会などで遠くから挨拶を聞く程度ですから、どんな方だろうと興味をもっておりました。ところが、とても穏和で優しく、そして情熱あふれる知事さんだった印象が残っています。そして帰り際に、参加した一人ひとりに自筆の色紙をプレゼントされました。私は、「享けし命をうべないて」の言葉に、「祝佐藤正一郎君」と名前まで添えていただきました。

 小畑さんは明治39年9月19日、当時の早口村(現・大館市)に生まれ、尋常高等小学校の代用教員から村役場書記。昭和9年に県北秋田財務事務所勤務。昭和20年には知事官房文書課長、その後は民生部長や総務部長を歴任。昭和26年の知事選挙に出馬するものの落選。しかし再度の挑戦となる昭和30年4月、(48歳で)見事に当選し、以来、6期24年間にわたって、秋田県の社会基盤や産業の発展に尽力されました。県財政の再建をはじめ、まごころ国体の開催、八郎潟干拓、秋田大学医学部誘致、生涯教育の推進など、その功績は今も語り継がれています。

 私もその後に県農業近代化ゼミナールの活動を通して、小畑さんにはお世話になりました。当時の秘書課長が羽後町出身の後藤孝一さんだったこともあり、県庁の知事室や市内の知事公舎に仲間達と押しかけては意見交換させていただき、その上に好子夫人にご迷惑をかけた(ご馳走になった)ことを覚えています。知事退任後もそうした交流は続き、土崎将軍野の(退任後に新築)自宅を会場にした「小畑農業学校の会」は、逝去される前年の昭和56年まで開かれていました。

 17日は大館市民会館に、小畑さんに縁のある有志が800人も集まり、生誕100年記念式典が行われた後、秋北ホテルで「語らいの夕べ」が開催されました。パーテーの冒頭、昭和50年4月の(最後の)知事選挙での演説の録音が会場に放送されました。独特な(ちょっと訛りがあるような)声と穏やかな話し方で聴衆に訴える様子が目に浮かび、今でもこの会場に現れるような雰囲気がありました。参加した皆さんの心の中にはまだ、「小畑さんは生きている」んですネ。

 32年前の色紙は我が家の奥の間に、知事退任記念にいただいた色紙、「我乃外皆吾師」は自分の書斎に掲げて家宝にしています。もっともっと様々なことを教えていただきたかったし、もしも今ご存命なら、秋田県の現状についてどういうお話をされるのか、聞いてみたいところです。

# by shouichiro_sato | 2006-09-18 12:03 | 今日の出来事 | Comments(0)  

秋田県民俗芸能大会

 第30回「秋田県民俗芸能大会」が16日午後、横手市増田ふれあいプラザ(旧増田町)で開かれました。同大会は、県内に伝承されている民俗芸能を広く一般に公開し、これらの鑑賞を通して理解と認識を深めてもらうと同時に、無形民俗文化財の保存と伝承、上演芸能の記録作成のため、県教育委員会が主催して毎年開催されています。

 30回の記念大会となった今年は、国指定重要無形民俗文化財の「保呂羽山の霜月神楽(横手市大森)」「毛馬内の盆踊(鹿角市)」「男鹿のナマハゲ(男鹿市)」「おやま囃子(仙北市角館町)」。県指定重要無形民俗文化財の「藤琴(上若)豊作踊(藤里町)」「一日市盆踊(八郎潟町)」「仙道番楽(羽後町)」。それに地元の「八木番楽」の8団体が出演し、熱気あふれる芸能が披露されました。

 中でも神楽や番楽は数多くの演目があり、それを伝承していくには相当な練習と忍耐が必要です。大人の風格あふれる舞ばかりでなく、一生懸命に頑張る小中学生も微笑ましく、将来が楽しみになりました。汗いっぱいになって勇壮に踊った駒踊りや独特の雰囲気がある二つの盆踊もなかなか体験できません。軽快なお囃子の角館のお祭りとナマハゲは、芸能と言うより秋田の文化そのもの。実に内容の充実した大会でした。

 県内には国指定が14、県指定が45もの無形民俗文化財があります。地域によっては後継者不足や衣装・道具・楽器などの老朽化で、存続が危ぶまれた時期もあったようですが、最近はふるさとの文化を大事にしようという機運が高まり、こうした伝承者が「カッコいい」存在になってきました。今後とも皆さんには、さらなる精進を期待したいと思います。

 そのためにも、このような発表の場・舞台が技術の向上に役立っていることは言うまでもありません。事実、平成元年の第13回大会で初めて披露された羽後町の「仙道番楽(団長・武田清美)」も17年目。見慣れた舞台ではありましたが、今日の演目は大人の円熟した獅子舞・鶏舞・三番叟で、それは見事な出来栄え。えこひいきと叱られるかもしれませんが、「芸能」というより「芸術」の領域でした。

# by shouichiro_sato | 2006-09-16 20:39 | 秋田県 | Comments(0)  

神宮寺・パート2

 9月15日は「老人の日」。今日から21日までは「老人週間」。国民の祝日である敬老の日は、法律が改正された平成15年から9月の第3月曜日になりました。しかし、連休を増やそうという社会のご都合主義と違って、地域の祭事や伝統を大切に守っている所も多くあります。秋田県内各地の「八幡神社」祭典は9月の15日。秋晴れの天気に恵まれて賑わっていることでしょう。

 特に、横手市増田と大仙市神宮寺は宵宮(14日夜)の花火大会が有名です。増田は2尺玉を含む大物が上がることで人気があります。神宮寺は大曲全国花火競技大会に参加している地元の2業者、「北日本花火興業」と「和火屋」が一年間の感謝をこめて光と音の競演。技術力の高さが魅力です。昨夜はどちらにしようか迷いましたが、羽後町花火愛好会の有志と一緒に、「秋田、これでいい会?」の会員が打ち上げる神宮寺に行ってきました。いうまでもなく、色・光・音・構成など全てにおいて、それは見事なものでした。正に、秋田が誇る「芸術産業」です。

 神宮寺の八幡神社では今日、180kgもの玉石と長さ8mの「のぼり旗」を背負う、「旗背負い」が行われます。そして明日からは、第28回「全県500歳野球大会」(主催・秋田魁新報社、大仙市)。今年は何と、162チーム、4000人を超す50歳以上のベテラン選手(往年の名選手達?)が参加し、旧神岡町と旧南外村の11会場で熱戦を展開します。今や日本一の野球大会になり、「少年野球発祥の地」にふさわしい賑わいです。

 そしてもう一つ。秋田民謡の「飴売り節」もここで誕生しました。「♪神宮寺新町日暮れに通たば、姉と妹が門立ちなさる~~」と、秋田美人をモチーフにした微笑ましい唄です。慶応元年(1865年)に即興で作られたという記録もあるようで、当時の情景が偲ばれます。もちろん、町内にある野球博物館や温泉、道の駅も賑わっていますし、まもなく「嶽ドーム(屋根付運動場)」もオープンしますから、さらに話題も多くなることでしょう。合併に参加したことで、神岡町の名前は消えていしまいましたが、大仙市にはこうした地域の特色を活かした町づくりの歴史を大事にして、今後も発展されることを希望します。

 羽後町西馬音内では16日が「御嶽神社」の宵宮。17日が本祭で、飾られた山車が町内を巡ります。これが終わって、いよいよ稲刈りが始まります。

# by shouichiro_sato | 2006-09-15 13:30 | 今日の出来事 | Comments(0)  

秋田の酒工楽(さかぐら)・福乃友

 「福乃友」というお酒を知っていますか。仙北平野のど真ん中、大仙市神宮寺の豊かな自然に恵まれた田園地帯にあり、大正2年(1913年)に創業した、個性的な酒造りを目指している酒蔵で造られています。初代当主・福田秀一と杜氏・高橋友五郎の氏名から一文字ずつをとり、「福乃友」と命名したそうですから、 「協調と発展」への願いが込められているお酒です。

 秋田から大曲まで国道13号線を移動する途中、神宮寺駅前の交差点で信号待ちする度に「福乃友の蔵」という看板が目にとまり、何度か立ち寄ったのですが、あいにくの定休日(火曜日)ばかり。それが今日、念願かなって訪ねることができました。

 平成16年(2004年)11月。福乃友の酒蔵は、古い蔵に新たな命を吹き込むべく、大正時代の姿に復元されて生まれ変わりました。従来の酒蔵見学はもちろん、蔵の中での試飲体験などの日本酒の魅力あふれるコーナーが加わり、「酒工楽(さかぐら)・福乃友」としてオープンし、一般公開しています。そうした取り組みに感激しておりましたし、どっしりとした格式のある店構えにも興味がありましたので、是非とも行ってみたいと思っていました。

 玄関を入って驚いたのは、昔の当主の住まいと事務所、酒蔵などが一体となって公開されていることです。現在の経営者の方は自宅に御住まいとのことですが、「生きもの」のお酒とともに暮らしていた当時の気迫が伝わってくるようです。仕込みに使われる「軟水」の地下水も流れており、いまだに手洗いで行われる「洗米場」、蒸米をつくる「釜場」、酒を造る蔵「醸造庫」、熟成用の蔵「貯酒庫」、そして全工程の指令室となる杜氏部屋などに、蔵人たちの魂が宿っている感じがしました。

 蔵の自慢は、亀の尾で造った純米大吟醸酒(限定品)。小粒米の酒米「亀の尾」を限界まで精米し、大吟醸造りの技術で少量手造り。さらに2年以上熟成させるというもので、全国のコンクールでも優勝しています。もちろん、純米吟醸酒や純米酒、本醸造もありました。現在の杜氏は「山内杜氏」の鶴田惣太郎さんで、福乃友の蔵一筋に35年以上の経歴を持ち、先代の秋田流吟醸造りを受け継いでいます。

 案内してくれた職員の方はとても親切で微笑ましく、心豊かな時間を持つことができました。運転中でもあり、試飲をすることはできませんでしたが、手入れの行き届いた庭を見ながら、仕込み水で入れたコーヒーをいただき、本醸造「嶽」を一本お土産にしました。皆さんにもお薦めのスポットですから、神宮寺を通るときには是非とも寄ってみてください。 

# by shouichiro_sato | 2006-09-13 23:52 | 今日の出来事 | Comments(0)