結局は、「課題」を背負って発車オーライ?

 県当局にとっては肩の荷が下りた思いでしょうが、考えようによっては新たな荷物を背負うことになった結末でした。

 1年以上前から県政の焦点となっていた、秋田市の南ヶ丘ニュータウンに県立盲、聾、養護学校、小児療育施設などを一体的に整備する「県こども総合支援エリア(仮称)」構想について、県議会は28日の本会議で、関係する用地取得費など約30億2500万円を含む補正予算を賛成多数で可決し、ゴーサインを出しました。住宅用地の造成・販売を手がけている県住宅供給公社の多額の債務問題から端を発した議論は、同構想の実施が「公社の救済策」になるとの寺田知事の見解(本音)が示されたことで、最大会派の自民党が賛成に回り、今ひとつスッキリしないままに決着しました。

 課題の一つは、この事業によって南ヶ丘の北側遊休地(県営住宅用地として2.5haを県が取得済み)の残地、12haがエリア用地として県に譲渡されたとしても、まだ売れ残っている南側180区画を超える広大な分譲地を住宅地として本当に販売できるのか。帳簿上は今回の販売収入で収支のバランスをとり、年度末には職員に退職金を払って全員解雇し、同公社を実質廃止したとしても、それでも残る債務(35億円の負債と42億円余の損失補償)を解消する見通しがあるのか、です。販売できなかった用地を県が購入して利用することで、「県民負担は軽減される」との答弁もありましたが、結局は見通しの甘かった巨大な宅地開発事業を進めたものの、その尻拭いに県費が注入された感じは否めません。失政の責任を曖昧なままにして、知事が言う「渡りに船」の構想を黙認してしまう、「議会の甘さ」も心配です。

 また、エリア構想については施設を利用する皆さんの議論も様々でした。本来は構想策定前に合意されていなければならない基本的な事柄について、今になってもPTAや親の会、関係者に賛否両論の意見があるなど、これからの時代に望ましい施設のあり方についての方向付けも不十分だった気がします。確かに老朽化している現有施設を早期に改築してもらいたい気持ちは十分に理解できます。しかし、障害の程度によっては「施設だけでなく、地域や環境との絆を密接にしていきたい」という強い意見があったにも拘らず、ノーマライゼーションの理念より健常者がいう管理の効率化だけが強調されていたようで、(住宅地として魅力のなかった)南ヶ丘の立地条件・地理的欠陥をどう克服するのかも問題です。

 さらに、この構想実現のための総事業費はおよそ116億円と巨額。県財政が窮屈になり、子育てや教育関係費用に新たな県民負担の検討が始まるなど、財政事情の見通しも不透明です。それと同時に各施設の完成・移転後には、秋田市内に5ヶ所以上もの広い敷地が残りますし、関係する町内には跡地の利活用策も新たな心配になってきます。

 ようやく動き出した「エリア構想」でも、まだまだ課題は積み残したまま。かつて、「大きなシルバーエリア(県内3ヶ所に県が設置した老人福祉施設)より、コンビニ・スタイルの福祉が大事だ」と言っていたのは寺田知事、本人でした。そうした検証もされないままに、会派の事情や自身の選挙を前にして、「已むを得ない」「消極的賛成だ」「反対はできない」といった判断をした県議会ですが、今後の新年度予算審議などを通して、問題解決への努力を続けていく責任があることを明記しておきたいと思います。

# by shouichiro_sato | 2006-09-29 13:14 | 秋田県 | Comments(0)  

「東北新生園」を訪問しました

 今日、宮城県登米市迫町にあるハンセン病の国立療養施設、「東北新生園」を訪ねてきました。 
 
 羽後町の前町議会議員・鈴木尚さんが、ボランテアの仲間とともに「新生園」の慰問を始めて今年で9回目。5年程前からは鈴木さんの要請もあって、入所されている秋田県人会の皆さんに、町長としての「メッセージ」を届けてもらっていましたが、今回は(男性は私だけで)女性18人の仲間に入れていただきました。勿論、私には初めての訪問です。

 平成8年に「らい予防法」が廃止になり、同13年の「熊本訴訟判決」に対して国(当時の小泉首相)が控訴を断念し、ようやく入所者の人権回復に大きな一歩が踏み出されたというものの、ハンセン病には一世紀に渡り、誤解と差別、偏見が続いてきた歴史があります。昭和14年に開園された「新生園」でも、語るに尽くせない苦難の出来事があったと思われますが、出迎えてくれた秋田県人会会長の佐藤雄輔さんや入所者の皆さんの表情がとても明るくて、私自身が「ホットした、安心した」というのが正直な気持ちでした。

 到着後、参加者は町から持参した新米の「あきたこまち」でおにぎりを作り、「いものこ汁」や手作りの惣菜で昼食を準備します。その間、私は施設の内部を案内してもらいました。敷地はなんと350ヘクタール(約100万坪)。入所者は最も多い時で500人を超えていたそうですが、多くの人が施設内で亡くなり、現在は160人ほど。園内がそのまま一つの集落のようであり、郵便局やお店、理容所、診療所、運動場などもありました。寺院や教会などの宗教施設も目立ちます。霊安堂には、未だに故郷に帰れないご遺骨も安置されており、胸のつまる思いでした。

 それでも今年7月、登米・栗原の両市議会が「ハンセン病療養所を地域に開かれた医療・福祉施設として存続・発展させることを求める意見書」を採択して関係機関に提出したり、施設内では快適な居住環境整備のための(マンションのような3階建の)建設工事も行われているなど、将来構想の実現に向けて大きく動き出しておりました。入所者のほとんどは既に治癒している元患者ですが、平均年齢は77.5歳にもなっていますから、高齢と病気の後遺症による障害に対しての介護をしっかりと行い、今後は安心して暮らせるように、万全の対策を希望してきました。

 「らい予防法」廃止から3年後に初めて浅野・宮城県知事が訪問して、「県の対応にも誤りがあった」と謝罪したことが、資料館の年表に記録されていました。その後も浅野知事は訪ねていますし、岩手県の増田知事も訪問しています。今年7月31日には新しい宮城県知事・村井さんも来園し、霊安堂に献花していました。佐藤会長によると、「残念ながら秋田県知事はまだ来てくれません」とのこと。私は「候補者で申し訳ありません」と言いながら、お互いに笑顔で固い握手を交わしてきました。

 《追記》 昼食後は集会室にある最新の通信カラオケシステムで、入所されている皆さんと歌の競演です。私も会長の奥さんと一緒に、「今夜は乾杯」をデユエットさせていただきました。 

# by shouichiro_sato | 2006-09-28 23:09 | 今日の出来事 | Comments(0)  

菅義偉総務大臣、就任おめでとうございます

 昨日発足した安倍内閣で、湯沢市秋ノ宮出身の衆議院議員・菅義偉氏(57歳、神奈川2区、当選4回)が、総務大臣に就任しました。心からお祝い申し上げます。

 総務省といえば、平成13年の中央省庁再編で、総務庁・郵政省・自治省が合体した内政の要。国や地方自治体の基本的な制度の管理や運営、郵政民営化、情報通信など国民生活に深く関わる社会の基本システムを一体的に担当する役所です。初代大臣は片山虎之助氏(現・参議院自民党幹事長)。次は麻生太郎氏(現・外務大臣)で、前任者は小泉内閣の看板だった竹中平蔵氏。このように歴代の顔ぶれを見ても、内閣の重要なポジションであることはいうまでもなく、是非とも安倍総理の、いや秋田県民、国民の期待にも応えて頑張っていただきたいと思います。

 菅大臣は就任の記者会見で、「私の出身地、秋田県湯沢市(旧雄勝町)は昨年に合併して過疎化が進んでいる。現在の選挙区・横浜市は人口約360万人。地方と都市の問題は理解している」と述べたうえで、「頑張る地方を応援できるプログラムを進めていく」と表明していますから、中央と地方の格差の是正、地方財政の確立、地方の活性化に大いに手腕を発揮してくれるものと、期待しています。初入閣であっても、昨年9月からは総務副大臣として竹中大臣を支えてきただけに、省内事情にも詳しいはずです。今日午前の竹中氏との事務引継ぎでは、「竹中大臣の敷いた(改革の)レールをしっかりと加速させたい」と話していましたが、5年以上に及ぶ小泉改革がもたらした影の部分、疲弊してきた地方の実態や社会的・経済的弱者の視点も決して忘れないように、心がけてもらいたいものです。

 27日の「秋田魁新報」朝刊には、湯沢市の菅氏の実家でご両親らが「万歳」をしている写真が掲載されていました。父親の菅和三郎さん(88歳)は秋ノ宮地域のリーダーであり、イチゴ栽培の先駆者。私達(羽後町田代の農家)も指導を受けてきましたので、身近な存在でもあります。また、郷里には菅氏の中学・高校時代の級友もたくさんおりますので、関係者は勿論、地域にとっても誇りであり、久々の明るいニュースとなりました。

 菅氏には今まで以上に激務が続くと思われますので、(お酒は飲まない人ですが)ご健康には十分に留意され、益々ご活躍されますように祈念申し上げます。

# by shouichiro_sato | 2006-09-27 14:40 | 国政・時事 | Comments(0)  

「秋田、これでいい会?」役員会を開催

 25日(月)午後6時30分から、秋田市役所裏にある「秋田、これでいい会?」副会長・伊藤義見さんが経営する店、「山王の庭」で当会の役員会を開きました。案件は①会員の加入と予算執行の状況、②今後の活動について、③その他。特に地域や職域の後援会づくりを積極的に行うことや、来年の県議会議員選挙と参議院議員選挙での政党との関係などについて意見交換しました。

 昨年の知事選挙に立候補したといっても、出身地の羽後町を除けば県内での知名度はゼロの状態。まして秋田市のように、多種多様な職業があるところでは、仕事上の付き合いもほとんど無し。やはりここは、秋田県の現状に問題意識を持っている仲間作りから始めなければなりません。「如何にすれば佐藤正一郎を知ってもらえるか」。改めて、役員の皆さんの身近なところから、友人知人を紹介してもらう活動を展開することにしました。

 また、知事選挙でお世話になった県議会議員の皆さんには是非とも再選されるよう願ってやみません。しかし、今までの政治活動(町議会議員や町長として)では、様々な政党・政治団体や先輩・友人からも協力と支援をいただいてきましたので、無所属の私ができることにはおのずと限界があり、特定の政党活動は難しいこともご理解いただきました。定数が2以上の選挙区では、ご協力いただいた県議の皆さんや知人、町長経験者が立候補するところもあり、「全員に当選してもらいたい」というのが本心です。

 さらに、県内の主要道路沿いには、「かねだ勝年参議院議員」の政治活動ポスターが目立ってきました。今日開会した第165回臨時国会で安倍晋三・自民党総裁が内閣総理大臣に指名され、夜には新内閣も発足しましたから、これからの国政の焦点は来年の参議院議員選挙に移ってくるでしょう。県内では民主党の候補者選びが難航しているものの、今の秋田県にとって金田氏は、欠くことのできない頼りになる政治家の一人ですから、陣営には油断することなく体制固めをしてほしいと思っています。

 そうした話題で午後9時30分まで。その後、菅義雄筆頭副会長、佐藤正夫副会長と一緒に、事務局を担当している阿部則夫さんの車で自宅まで送ってもらいました。感謝、感謝。

# by shouichiro_sato | 2006-09-26 15:05 | 政治活動 | Comments(0)  

「ご愛読ありがとうございます」

 パソコンなどの電子機器には長い間ご無沙汰していた自分が、ホームページを活用して情報提供できるのか、それは心配でした。

 振り返ってみると、青年活動(農業近代化ゼミを含めて)時代は「謄写版印刷」が主流で、ガリ切りは好きでした。鑢の目に沿ってゴシック体の字を書いたり、何枚のも原紙を使ってカラー印刷に挑戦したりして、上到米青年会発行の新聞「上青協(上到米青年連絡協議会の略)」作りをした思い出があります。

 町議会議員になって少したった頃、役場内で「ワープロ」が目に付くようになり、素人でも印刷屋並みの文書ができることに感激し、早速、借金して買ったのが「NEC文豪」。箱型で持ち運ぶには重い機械でしたが、すぐにインクリボンがなくなるほどでした。丁度その頃、羽後町田代地区の有志で地域内の月刊広報紙「山河」を発行することになり、記事をワープロで印刷してはナイフで切り取って(貼り付けて)編集し、見やすい紙面ができたと皆で喜んだことを覚えています。途中でワープロは2代目、「東芝 ルポ」になりました。(尚、「山河」の編集長は私でしたが、平成7年6月に町長に就任したために、以来、休刊中です)

 役場に常勤するようになってからは自分でワープロに向かうことも少なく、いつの間にか世の中はパソコンが主役になっていました。ワープロは得意だったはずなのに、パソコンは操作できません。まして、インターネットなどというものは全く解りませんでした。若手の職員が起用にキーボードをたたくのを横目に、「あれは、これは」と、うるさく要求する毎日。妻や子供が必要だからということで、8年ほど前に「SONY VAIO」を購入したものの、私はタッチできませんでした。

 ですから、知事選挙が終わった昨年夏、最初に挑戦したのがパソコンです。湯沢のパソコン教室「OAステーション」に2週間通い続け、何とか「Word」と「Excel」の入門編を習得して、ようやく自分もインターネットやホームページを検索する仲間入りを果すことができました。といっても、このHPは「秋田、これでいい会?」の世話人に作成していただき今年1月からスタート。私は日々の報告を「さとう正一郎日記」に書きながら、身近な出来事や私自身の思い、考えを皆さんに伝えることができればと、3月7日に投稿開始。何とかここまで続いてきました。

 そして今回が、「第100号」。ブログも子供の頃の日記のように、「三日坊主」に終わるのではないかと心配されましたが、ここまで継続できたのもHPにご訪問いただいた皆さんのおかげです。ご愛読いただいておりますことに衷心より感謝申し上げます。そして今後も、よろしくご指導ください。

# by shouichiro_sato | 2006-09-25 16:50 | 今日の出来事 | Comments(1)  

「七曲峠」を守っていこう

 羽後町西馬音内と田代を結ぶ県道の中間に、冬のイベント「ゆきとぴあ七曲」で花嫁道中の舞台になっている「七曲峠」があります。その峠道の中腹に清水の湧き出る所があり、いつの間にか私たちはその湧水を「長命水」と呼ぶようになりました。以前から、この水は道中の人々の喉を潤してきましたが、今では飲料水としてわざわざ汲んでいく人も見られます。

 「長命水」の周辺の環境を整備していつまでも美味しい水を確保しようと、田代後継者会(会長・阿部則夫さん)では今日の午後4時から、恒例になった「長命水祭り」を行いました。祭りといっても、湧水地の周囲の草を刈ってから水鉢のゴミを掃除し、隣接する杉の大木に掛けている注連縄を交換するというもので、同会が10数年前から自主的に企画し、毎年お彼岸のこの時期に実施しています。作業の後には簡単な神事を行い、「長命水」が枯れることなく、道行く人々を守ってくれるようにお祈りし、後はお祝いの一献です。

 七曲峠では23日(秋分の日)、「七曲の桜を守る会」の会員が15名ほど参加して午前10時から、道路の路肩や沿道にある桜の周辺の草刈を行っています。桜は七曲峠を自動車が通れるように改修工事した50年以上も前、当時の地主で工事の推進役となった「長谷山家」が植えたもので、峠のシンボルにもなっています。同会はそうした先人に感謝し、後世に受け継いでいこうとして20年程前に発足し、毎年、剪定や草刈などの管理と桜苗木の植樹を行ってきました。

 七曲峠も地域にとっては大切な地域資源。周辺の道路整備が進んで自動車の往来が少なくなったとしても、大事にしていきたい道路です。峠の途中には東屋やミニ花壇、展望ポイントもあり、道路公園のようにもなっています。きのう今日と秋晴れに恵まれ、絶好の稲刈り日和でしたが、ボランテアのメンバーは誰ひとり文句を言うこともなく、清々しい汗を流しました。

# by shouichiro_sato | 2006-09-24 23:16 | 地域活動 | Comments(0)  

私事ですが、青森まで行ってきました

 私の母の楽しみは、青森市に住んでいる娘(私の妹・51歳)へ会いに行くこと。毎年秋には収穫したばかりの新米や野菜などを車に積んで、母を送っていくのが私の務めです。しかし昨年秋は、東京にいる妹の息子夫婦に子供が生まれたことで先方が忙しく、今春には母自身が入院したこともあって、楽しみは延期されておりました。

 そこで今日は、母の体調も回復したうえに絶好の秋晴れとなりましたので、2年ぶりに送っていきました。ただし、運転手は私の息子。自分は息子の(初体験となる)長距離ドライブのナビゲーター(案内役)です。

 朝8時に自宅を出発。往路は全て一般国道を利用。本荘ー秋田ー大潟ー能代ー深浦ー鯵ヶ沢ー五所川原ー浪岡を経由して、青森市まで290kmありました。途中、道の駅「てんのう」と「ふかうら」で休憩し、「千畳敷ドライブイン」で昼食。五所川原では話題になっている「立佞武多の館」を見学して、青森到着は午後3時30分。所要時間7時間30分の旅でした。

 復路は、午後4時45分に妹の家を出て国道7号線を平川市碇ヶ関(旧・碇ヶ関村)まで南下し、碇ヶ関ICから東北自動車道に。そして、北上JCを経由して横手ICで国道107号線へ。浅舞ー植田ー今泉橋ー北沢峠を経由して自宅まで、走行距離は310km。途中、碇ヶ関のコンビニで休憩、「岩手山SA」で夕食をとってからはノンストップ。到着は午後9時45分で、所要時間は5時間でした。

 確かに、妹夫婦が青森に定住してからの20年余りで、交通事情は大きく改善されました。特に(通行料金はかかりますが)高速道路網は快適で、この後、日本海沿岸東北自動車道の岩城IC以南、東能代ICと小坂JC間が整備されれば、もっと青森市も近くなることでしょう。さらに、県南部と山形県との高速道路が雄勝ICや仁賀保IC以南で結ばれれば、ようやく秋田県も陸の孤島から脱出できるというもの。助手席で周囲の状況を観察しながら、改めて事業の必要性を痛感し、早期完成を夢に描いた一日となりました。

 ただ、気になったことも一つありました。国道101号線・鯵ヶ沢町の名物であった「イカ干し村」を見過ごしてしまいました。海岸に添って何軒ものお店が並んで「イカ干し」をしている光景は沿線の風物詩ですが、バイパスが開通したことで車の流れが変わってしまい、(入口の看板はありましたが)通り過ぎてしまったのです。立派な道路ができたことで、自動車がただ通過するだけになってしまうようでは地域の方々が気の毒です。やはり、道路整備とあわせて地域資源を活かす総合的なまちづくり計画がないと、過疎化やストロー現象に拍車をかけることになってしまうようで、心配になりました。

# by shouichiro_sato | 2006-09-23 23:50 | 今日の出来事 | Comments(0)  

「連続児童殺人事件」、注目される秋田県警の調査結果

 「これではとても納得できない」、というのが本音でしょう。

 今年春、秋田県藤里町であった連続児童殺人事件で、男児を殺害された父親が、県公安委員会に苦情を申出たことに関して、昨日開かれた県議会教育公安委員会で杵淵智行・県警本部長は、4月の女児の水死を事故の可能性が高いと判断したことについて、「もう少し慎重であるべきだった」としながらも、初動捜査に「ミス」があったかについては言及しませんでした。この捜査がしっかり行われていれば、約1ヵ月後に近くに住む男児が被害に遭うこともなかったと思われ、事件当初の警察の対応が問題になっています。

 所轄署は女児の水死体が発見された翌日の4月11日、遺体に損傷がなく(容疑者が逮捕された後になって頭部に骨折があったと訂正)、着衣の乱れもなかったこと。川原に滑った跡があるとして、遊んでいるうちに誤って川に落ちて流された事故と判断。捜査体制も大幅に縮小し、地域内での十分な聞き込みも行っていませんでした。しかしその後になって、男児を殺害した容疑者が自分の娘も橋の上から突き落としていたことを自供したため、「初動捜査のミスが重なって尊い命が奪われた」と、地域住民や男児の遺族から捜査の在り方に批判が噴出、警察の責任を問う声が高まっています。事実、女児の事件の再捜査に本格的に着手したのも、男児殺害の容疑者を逮捕した後になってからでした。

 そこで確認しておきたいことがあります。警察では様々な事案についての判断はどの段階で行われているのかということです。事案の内容によっては所轄署が独自に判断する場合や、刑事事件ともなれば公訴との関係で検察の判断を仰ぐこともあるでしょう。県警本部長は9月4日の教育公安委員会で、「(責任の所在は)私が誰よりも重く受け止めなければならない」と発言していますが、それは組織上のことでしかありません。(最終的な報告は受けているでしょうが)女児の場合は最初から事故死と判断されたためか、捜査本部が設置されたという報道はありませんでした。しかし、男児の場合は首に絞められた跡があったことから、県警刑事部長を本部長とする県警と所轄署の合同捜査本部が、その日のうちに設置されています。

 このことからしても、「事故」と判断した所轄署の段階に誤りがあったと思われますが、謙虚にそれを認めないのは何故なのか。「ミス」を認めれば遺族にたいして謝罪の必要があり、それでは「警察のメンツにかかわる」という考えが内部にあるとすれば、県警への信頼回復どころか、県民と警察との溝が一層深まってしまうことになるようで心配です。「ミス」の有無を含め、明確に答弁をしない県警本部長の姿勢は、警察組織をかばっているようで、釈然としません。男児の父親の苦情の申出は警察法に基づく制度ですが、回答時期に関する定めはないとか。しかし、国民が警察の対応に不満があった場合に公安委員会に苦情を申し出ることができることによって、警察の一方的な判断にならないようにしているのですから、法の主旨を尊重して、できるだけ早く対応していただきたいと思います。

 ただし、県警への苦情に対する調査をするのが公安委員会の指示を受けて県警自身であるとは、これまた不思議な制度ですから、申出者はもとより県民が納得できる調査結果になるのか、注目したいと思います。 

# by shouichiro_sato | 2006-09-22 23:25 | 社会・話題 | Comments(0)  

「秋の全国交通安全運動」が始まりました

 今朝、国道107号線で由利本荘市の中心部に入ったら、道路の両脇にはたくさんの幼稚園児がいて、警察官に停止を命じられました。窓を開けると、かわいい声で「気をつけてネ」とひと言。折鶴のマスコットとドリンクを頂きました。そうです、恒例になっている秋の交通安全運動が今日から10日間、全国で始まりました。

 それにしても毎日、悲惨な交通事故のニュースが報じられています。その中で、先月25日に福岡県で発生した飲酒運転による幼児3人が死亡した事故の後、飲酒運転の徹底追放が叫ばれ、全国一斉の緊急取り締まりが実施されたり、マスコミを挙げて撲滅キャンペーンが展開されているにも拘らず、逮捕・検挙される運転手が後を絶ちません。この一週間を振り返っただけでも、公務員や先生、そして町教育長にそれを取材した新聞記者と、開いた口がふさがらない状態です。一体どういうことでしょう。

 「飲んだら乗るな。乗るなら飲むな」。この鉄則を守れば何も難しいことではないのに、「少ししか飲んでいないので酔っていない」「代行車が来ない」とか、「一眠りしたので酒が醒めたと思った」「家が近いので」などという、自分勝手な言い訳で、結局は人生を狂わせる重大事を引き起こしています。公務員に限らず、飲酒運転で検挙されれば、懲戒免職などの厳しい処分を行うのが社会の常識にもなってきましたから、「捕まらなければ」などという安易な気持ちを持つこと自体、猛省しなければなりません。当然、運転することが分かっていながら酒類を提供した場合や、飲酒後の運転を幇助した者に対する罪も厳しくする必要があります。

 聞くところによると、検挙される人の大半は常習者。普段から飲酒運転を繰り返している人が多いとか。さらに、20~30代の若者。自分の立場や社会の厳しさに疎い世代が多いようです。また、飲酒後は気をつけていても、翌朝に車を運転する時、昨夜のお酒が残っているような感覚がある場合も危険です。お酒を飲む人なら誰でも一度や二度は経験しているこうしたことも、事故が起きてからは手遅れですから、今からでもお酒を飲んだ場合の生活習慣をしっかりと改めるよう、家族ぐるみで注意し合いましょう。

 夕暮れが早くなり、雨などが降ると視界が悪くなる季節になりました。早めのライト点灯、シートベルト着用、安全なスピード走行を実践しましょう。毎日、自家用車を運転して県内を飛び回っている自分も、さらに慎重に安全運転を心がけてまいります。

# by shouichiro_sato | 2006-09-21 13:38 | 社会・話題 | Comments(0)  

自民党総裁選に思うこと

 自由民主党の総裁選挙は今日の午後、所属する国会議員の投票が行われ、党員・党友票と合わせて開票された結果、安倍晋三官房長官が投票総数の66%を獲得して当選し、第21代総裁に選任されました。同党総裁では初の戦後生まれ、史上最年少で51歳。政治家の親子3代にわたる毛並みの良さと、北朝鮮の拉致問題への対応などで国民の人気も高く、麻生太郎外務大臣(65)と谷垣禎一財務大臣(61)の2候補が善戦したといっても、結果は予想どおりの大勝でした。

 その分、当事者が言うほどには選挙戦の盛り上がりもなく、国民の関心は高まらなかったと思います。「美しい国日本をつくろう」という公約も曖昧であり、「小泉改革の火を消さずに受け継ぐ」とすれば、内政の重要課題となってきた財政再建と格差社会の解消や、アジア外交の再構築も先行き不透明です。さらに自民党内には、人気先行の勝ち馬に乗る現象が起きてしまったようで、消化試合と揶揄されるような「物足りなさ」も残った感じがします。

 20日の秋田魁新報は社説で、「安倍政権は来年夏の参議院選挙を待つことなく、なるべく早い時期に衆議院解散・総選挙を行い、民意を問い直すべきではないか。それが憲政の常道であり、高い人気が本物かどうかの裏付けになる」として、人気より政策で国民の審判を受けるべきだと、大胆に提言しています。昨年秋の衆院選で圧勝した自民党にとっては、解散など毛頭考えられないことでしょうが、安倍政権が国会審議で多数の論理を振りかざし、教育基本法や憲法改正などの重要課題で「タカ派的スタンス」を強調することになれば、世論の動向はわかりません。新総裁の記者会見を聞いて、一抹の不安も覚えました。

 秋田県の党員・党友票は、安倍氏4票、麻生氏1票。二田・御法川両衆議院議員は安倍氏に、金田参議院議員が麻生氏に投票しています。安倍氏優勢といわれる中で、地域間格差の是正と地方重視を強調した麻生氏に対する期待の声があることを、安倍政権はしっかり受け止めてほしいと思います。尚、私はどの政党にも所属していないために総裁選の有権者ではありませんが、地方自治の一端を担ってきたものとして、麻生氏の主張に共鳴するものがありました。

# by shouichiro_sato | 2006-09-20 22:33 | 国政・時事 | Comments(0)