今夜のお客様

 今夜、嬉しいお客さんが弔問に来てくださいました。「直人さんと郁子さん」ご夫妻に、9歳のお嬢さんと4歳の息子さんのご家族です。

 思い出せば今から10年以上前のことです。私が羽後町長に初当選した時に、強力な応援団であった直人さんのお父さんから、「息子の結婚式の仲人を頼むよ」と依頼されたのが、始まりでした。もちろん、私たち夫婦にとって仲人は初体験。暗中模索のなかで、新郎新婦よりも緊張していたことを、今でも思い出します。

 以来、お子さんの誕生祝などの機会に、何度かお宅にお邪魔していたものの、すっかりお姉さんになっているお嬢さんの成長に目を細めながら、祭壇の前で元気に飛び回る元気な男の子に、「ホッとするような」心が洗われるひと時を過ごすことができました。

 この世に生まれた以上は必ず終わりの時を迎えるのですが、だからこそ「新しい命」が誕生し、次の時代に繋がっていくことも重要なこと。無邪気にはしゃいでいる子ども達を見ながら、こうした「連鎖」があって良かったと思えて、楽しく、かつ感慨深い時間を過ごすことができました。

 価値観が多様化している今の時代にあって、人の生き方も様々ですが、家族って本当にいいものですね。

# by shouichiro_sato | 2007-03-26 21:49 | 家族・仲間 | Comments(0)  

物足りなかった千秋楽

 あっけない一番でした。

 大相撲春場所はきょうが千秋楽。昨日の14日目に直接対決し、1敗の大関・白鵬を「引き落とし」で破って12勝2敗の相星にした横綱・朝青龍。私はテレビ桟敷で両者の優勝決定戦を期待していました。

 白鵬は大関・琴欧州に「すくい投げ」で勝ち、「これで優勝決定戦になる」と喜んだのもつかの間、朝青龍の相撲は突っ込んでくる大関・千代大海に身をかわして、一瞬の「はたき込み」。まさに横綱が勝ちにいった相撲で、(大阪府立体育館のお客さんのみならず)テレビの前のファンも「あっけに取られた」、何とも言いようのない一番でした。確かに初日から2連敗をし、その後に12連勝してきた横綱の、優勝にかける執念みたいなものを感じましたが、正直言って残念な内容でした。

 そして、優勝決定戦。白鵬が入場しても横綱は支度部屋から出てこないという異例のプロローグがあり、土俵に上がってからは横綱が塩を手にして待っているのに、白鵬が蹲踞のままじっとしていたりと、場内は異様な雰囲気で盛り上がってきました。当然、テレビ桟敷も興奮してきます。しかし、勝負は一瞬。立会いに左に変わった白鵬が横綱の首辺りに手をやると、朝青龍はとっさに左手を土俵についてしまい、勝負あり(決まり手・はたき込み)。おもわず苦笑いする横綱でした。

 優勝インタビューで白鵬は「(変化は)とっさです」と答えていましたが、過去の相撲内容からして熱戦を期待していた私としては物足りない一番。「勝ちたいというときには、こんな手もあるのか」と、複雑な気持でした。テレビで解説をしていた北の富士勝昭さんは「横綱は相手に相撲を取らせてから自分の相撲で勝つものだ。それでこそ横綱だ」と言っていましたが、今日の朝青龍と白鵬の二人にはそうした相撲を期待していましたが、結局二人とも「勝ちにいった」相撲内容のようで、どことなく、後味のすっきりしない千秋楽でした。

 「綱とり」の期待がかかる白鵬の2度目の優勝にも拘らず、勝負が決まった瞬間から席を立つお客さんも多く、表彰式の間もそんな光景がテレビに映っておりました。勝負の世界ですから結果が大事なことはわかりますが、内容が伴ってこそファンやお客さんが増えることを忘れて欲しくないですね。横綱や大関陣よりも、負けても一生懸命に相撲をとっている感じがする「高見盛」関に大声援があり、大相撲ファンが喜んでいることを、よ~く考えてもらいたいものです。

# by shouichiro_sato | 2007-03-25 20:39 | 今日の出来事 | Comments(0)  

史上初、オペラ座で歌舞伎公演

 フランス・パリのオペラ座で23日(現地時間)、史上初めての歌舞伎公演が行われ、パリの人々を虜(とりこ)にするほどの大盛況であったことが、テレビや新聞で報道されています。オペラ座といえば、世界に名だたる歴史と格式があり、舞台芸術の殿堂ともいわれるところですから、どんな雰囲気の中で行われ、観客の反応はどうだったのか、興味がわいてきます。(たぶん公演の模様は後日、テレビ番組で紹介されるでしょう)

 出演したのは難病を克服して舞台に復帰した市川團十郎と市川海老蔵の親子、市川亀治郎ら歌舞伎界を代表するメンバーで、演目は「勧進帳」に「紅葉狩」。それに幹部俳優9人が裃姿の正装で勢揃いし、挨拶をする「口上」の3部構成。特に「口上」では出演者全員がフランス語で挨拶していましたから、感服してしまいました。

 言語は違っていても、舞台上の所作や表現・パントマイム(NHKニュースでのインタビューに応えたフランス人のことば)によって、物語の底流にある人の情けや生き方を伝えることができたようで、芸術・文化には国境が無いことを改めて感じます。と同時に、かつて「西馬音内盆踊り」の公演をフランスのベルサイユ近郊の学校で行った時に、多くのフランス人の皆さんに「ブラボー、ブラボー」と感嘆されたことを思い出しました。

 オペラ座での歌舞伎公演は30日までですが、すでに入場券は完売しているとか。嬉しいですね。今回のように様々な日本文化を海外に紹介し、一方では世界の文化を日本に招聘する活動は、さらに充実してもらいたいものです。秋田にいてはなかなかそうした機会に恵まれませんが、伝統文化・芸能の宝庫である秋田県民の国際交流は、大いに応援していきたいものです。

# by shouichiro_sato | 2007-03-24 20:49 | 今日の出来事 | Comments(0)  

TDKが新工場建設へ

 今朝の秋田魁新報は、「TDK新工場建設へ」の見出しで、電子部品メーカー大手のTDKが由利本荘市にある県本荘工業団地の敷地、約25万平方㍍を購入することを決め、県と合意したと1面トップで伝えています。私も思わず「良かった」と、記事に吸い込まれてしまいました。県経済にとって、久しぶりのビックニュース。決断してくれたTDKに感謝するとともに、心から喜びたいと思います。

 記事によると、「各種デジタル家電や通信機器の販売が好調で、引き続き電子部品の需要は旺盛とみられる」(TDK秋田総務部・小幡総務課長)ために、新工場を建設して携帯電話などに使う積層セラミックコンデンサーを製造するとのこと。世界のシェア約25%を占めている同コンデンサーの拠点工場となる模様で、同社の工場としては県内5番目。敷地面積はTDK秋田工場(にかほ市)の4倍で、県の工業団地の分譲としても過去最大の規模となります。

 由利本荘市万願寺にある県工業団地(33万平方㍍)は、県が約36億円をかけて造成し、平成10年に分譲を始めたものの、これまで3社が進出しただけでした。それだけに、県にとっても地元の由利本荘市にとっても、「待ち望んだ吉報に、喜びに沸いた」(秋田魁新報)気持が伝わってきます。

 さらに、この工業団地は由利本荘市のみならず、羽後町や横手市からも30~60分の通勤圏内にあり、近隣エリアでの今後の雇用創出が期待されます。著しい人口減少や少子化も、極論すれば若者が定住できる仕事や地域の魅力が不足しているのですから、産業振興は最重要課題。由利本荘地域とTDKとの(技術の)蓄積された関係や高速交通体系の整備効果が選定の理由となったようで、「秋田が元気になる起爆剤」になること間違いなし。県民挙げてTDKの企業活動を応援していきましょう。

 全国紙の秋田版は、秋田新幹線「こまち」の開業10周年の記事がトップでしたが、今の秋田県の置かれている窮状からして、TDKのニュースを1面トップにした地元紙の編集も嬉しく思いました。それにしても最近の秋田県は、TDKから元気を貰いっぱなしですね。感謝、感謝・・・・・。

# by shouichiro_sato | 2007-03-23 20:53 | 産業振興 | Comments(0)  

「初七日」

 初七日のきょうは、朝から亡き父とご縁のあった皆さんが訪ねて来てくださり、嬉しい一日でした。

 特に、隣家に住む母の兄・原田儀八さんは88歳。父の先輩であり良き相談相手であっただけに、亡くなった事を聞いてからは元気を無くしていたようでしたが、久しぶりに我家に来てくれて、祭壇の前では長い時間、手を合わせておりました。さらに、父の兄弟で二番目の長谷山タカさんは80歳。足腰が不自由で、きょうは高瀬ケアセンターでお風呂に入ったあと、息子さんに抱えられて、何年かぶりに実家に来てくれました。お二人とも葬儀の当日は体調が悪くて参加できなかったのですが、父と一番近い存在だっただけに、言動の一つひとつに何ともいえない哀惜の情が感じられ、私まで目頭を熱くしてしまいました。

 そういえば葬儀の前夜に行われた納棺の際、毎日のように家に来ていた近くに住む父の弟が、父の手をとって「直ぐに私も行くから・・・」と絶句した時には、私も居合わせた皆さんも、涙を流してしまいました。高齢者が多い地域とはいえ、身近な人が亡くなることは悲しいこと。きょうは一日中、訪ねてくれた皆さんと父の思い出話に明け暮れてしまいました。

 それにしても、父が亡くなってからの一週間が、あっという間に過ぎました。地域の慣例によって、「仏様」は三七日(3週間)我家に置いて、「仏送り」は4月8日(日)の予定です。それまでは私も喪主としての役目を果たしたいと思いますので、様々な失礼をお許しください。

# by shouichiro_sato | 2007-03-22 22:51 | 家族・仲間 | Comments(0)  

春分の日

 きょうは「春分の日」。全国ニュースでは桜の開花やお墓参りの様子、春の行楽地が紹介されていましたが、今朝の我が家周辺は、うっすらと雪化粧。朝ご飯の前に、スノーダンプで除雪作業を行いました。

 それでも、日中に差し込む光には春の暖かさが感じられ、胸をなでおろしたところです。2月の末には田圃が見えるくらいに雪が消えたというのに、3月上旬の大雪で真冬に逆戻り。この冬の最高積雪を記録したのですから、驚いてしまいます。こうした急激な気象の変化で体調を壊す人も多いようで、身近なところで亡くなる方が続いています。

 明日は父の初七日ですが、朝に菩提寺のご住職から「明日は寺の近くで葬式があり、初七日の読経は午前7時頃に伺います」との電話があり、午後には隣の集落に住む92歳のお婆さんが亡くなったとの連絡もありました。毎日欠かさず目を通す秋田魁新報の「おくやみ欄」には、(きょう)羽後町内で3人の方が亡くなっていることが掲載されていました。我が家の葬儀をお願いしたJA葬祭会館でも、「天候が急変してから忙しくなった」とのこと。季節の変わり目は要注意ですね。

 それでも、「暑さ寒さも彼岸」まで。これからは春らしい気候になってくれることを祈っています。春は全ての世界が芽を吹きだし躍動する季節ですから、私は大好き。我が国では社会人や学生として新たな一歩を踏み出すのもこの季節。皆さん、大いに羽ばたいていきましょう。

# by shouichiro_sato | 2007-03-21 20:38 | 今日の出来事 | Comments(0)  

いつの間にか1年が経過しました

 昨年の3月7日にスタートした「さとう正一郎日記」も、ドタバタしているうちに満1年が経過していました。最初は時々書き込む日記でしたが、いつの間にか毎日の日課になり、パソコンに向かう時間が楽しく感じるようになってきましたから、不思議なものです。

 仕事が忙しかった一日でも、その日のニュースに眼を通し、自分なりの気持を想いのままに書き込むことは、貴重なひと時であり、勉強できる時間でもあります。「毎日書かなければならない」ような使命感も出てきて、それが生活のケジメやリズムとなっているのです。何となく過ごしてしまう日々が多いなかで、毎日の生甲斐を見つけたようで、充実した一年であったと思います。これも、ご愛読いただいた皆さんのお陰であり、衷心より感謝申し上げます。

 ところで、父の葬儀から2日。妹達も家に帰り、我が家も母と妻、息子の4人だけになってしまいました。連日の緊張感から開放されたとはいうものの、家の中が急に静かになった感じです。そんななかで、奥の間に設置された祭壇にある父の遺影だけは輝いて見えます。今から5年前、父母は町が主催する「金婚式祝賀会」に参加した際、会場に設けられた写真館の臨時スタジオで、二人で写した記念写真がありました。もちろん父も健康であり、一番元気な時の写真ですから、母が「葬儀ではこの写真を使いたい」と言ったときには、家族みんなで賛成しました。

 その時はそんなに深く考えた訳でもないのに、やがて貴重な記録となるのが写真や日記かもしれません。毎日の文章は短くても、自分自身の記録として、「さとう正一郎日記」を今後も書き続けたいと思います。これからも、お付き合いしてください。 

# by shouichiro_sato | 2007-03-20 22:38 | 家族・仲間 | Comments(0)  

県議選、告示まであと10日余

 やはりこの人は、黙っていることができない性格なのでしょう。

 県議会議員選挙の告示が30日に迫るなか、昨日(18日)、寺田知事は立候補を表明している与党会派などの現職と新人の候補予定者、4人の総決起集会に相次いで出席しています。知事が訪れたのは大仙市仙北郡、北秋田市郡、大館市、鹿角市郡の各選挙区。「子育て・教育支援新税構想が議会から批判を浴びるなか、改選後の与野党の構成が残り2年の知事の県政運営に影響を与えるのは必至。与党勢力の過半数(23人)確保を目指す知事の応援演説にも、熱がこもっていた」と、読売新聞は伝えています。

 今のところ、焦点となっている「子育て・教育支援新税」の導入について、賛成を表明している候補予定者は一人もいませんが、寺田知事を招いて決起集会を開くことは、当選後は「従順に知事の言うことを聞きます」と、約束しているようなもの。陰にまわれば知事の県政運営についての批判をしても、表面では知事を利用して選挙に臨むという、4年前と同じ活動が活発になってきました。

 知事サイドから「出席したい」と働きかけているのか、それとも候補予定者の陣営から知事に「来て欲しい」と依頼があるのかわかりませんが、来週の日曜日にも県南の現職・元職の集会に出席する予定があるそうですから、寺田知事はこの種の集会が大好きなようです。

 ところで、早くもポスター掲示板が設置され、今週末は各陣営の決起集会もピークに。いよいよ選挙ムードも盛り上がってきます。当初は4月中旬まで、岐阜県で仕事の予定だったものの、父が亡くなったことで今後は岐阜には戻れません。ただ、喪が明けるまでは対外的な活動は控えたいと思いますが、今後の県政の方向にとって重要な意味をもつ県議会議員選挙を身近で体験できることは、幸運でした。父が(私を)秋田に引き戻してくれたのでしょうか?

# by shouichiro_sato | 2007-03-19 22:28 | 秋田県 | Comments(0)  

本日はご会葬いただき、誠にありがとうございました

 父の葬儀も、菩提寺である羽後町田代・妙音寺のご住職様がご導師を務められ、厳粛な中で無事に終わり、安堵しています。

 時おり雪が舞い落ちる寒い天気でしたが、朝早くから地域の皆さんに(出棺にあわせて)ご会葬いただきました。心から感謝申し上げます。

 湯沢市での火葬と告別式にも、遠方からの皆さんを含め多くの皆様にご会葬いただき、恐縮してしまいました。雄勝郡選出の安藤豊、大関衛両県議会議員の弔辞。金田勝年参議院議員、御法川信英衆議院議員を始め、公私にわたってお世話になってきた多数の皆様から弔電もいただきました。身に余る光栄であり、父もさぞかし喜んでいることと思います。重ねて感謝申し上げます。

 父の戒名は「観樹院幸岳良範居士」。長年にわたって田代財産区管理委員会の委員と会長を務めたことから地域の山に詳しく、温厚な人柄で地域の皆さんに信頼され、模範的な人だった・・・・・との意味がこめられていると、ご住職様は話してくださいました。ありがたいものです。

 これもひとえに地域の皆様の支えがあって出来たことであり、生前の父に対するご厚情に深く感謝申し上げます。誠にありがとうございました。

# by shouichiro_sato | 2007-03-18 22:39 | 今日の出来事 | Comments(0)  

慌ただしい一日でした

 父が亡くなったのは昨日の午後5時。さっそく葬儀の準備が始まりましたが、暦の悪戯?に戸惑いました。当地域の慣習では、19日の月曜日は「友引」で葬儀は無し。翌20日は「丑の日」で不祝儀は禁止。結局きょう一日で準備をして、明日18日の葬儀となりました。

 父や母の兄弟、親戚の皆様を中心にして、私がお世話になった役場時代の幹部など、父とご縁のあった方々にご案内をし、ご都合を確認して参会者名簿を作成したりしましたが、突然の出来事だっただけに、慌ててしまうばかりでした。

 それでも、9人兄妹の父の親族や6人兄弟の母の親族が一同に会した午後6時からの納棺では、居間から茶の間、奥座敷までの部屋いっぱいの人たちに見送られている父親が立派に見えました。大正14年生まれで、秋田市の「土崎空襲」を体験している父は、その後農業に専念し、当時の大家族の生計を支え、昭和50年代からは大規模土地改良事業後の経営コスト削減を目指して、トラクターなどの大型農業機械の共同利用を呼びかけて、「生産組合」組織活動を実践してきたきた実績があります。

 誠実な人柄で、多くの人に慕われてきた父ですので、「何ともいえない、感慨深い気持」で今日一日を過ごしてしまいました。お棺に納まった父親の穏やかな顔に、私も父に感謝して、胸をなでおろしています。

 明日は午前10時30分に自宅を出棺。同11時30分から湯沢市にある湯沢雄勝広域圏「湯沢火葬場」で荼毘に付し、葬儀は隣接する「JA葬祭会館・翠翔殿」で午後2時から。同所で35日の法要も済ませて一献を交わし、父の遺骨とともに自宅へ帰るのは午後6時頃。それから、地域の宗教行事である「ふだらく」や「南無阿弥陀」を行います。私は喪主として、父の今日までの労苦に感謝し、精一杯にその役割と責任を果たしたいと思っています。 

# by shouichiro_sato | 2007-03-17 23:32 | 家族・仲間 | Comments(0)