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自然災害

 このところ、「ゲリラ豪雨」といわれるほど、全国各地で局地的な豪雨が発生しています。29日午前0時以降に愛知県岡崎市では1時間雨量が146ミリを記録するなど、1時間雨量が観測史上最多を更新している地域が続出しています。

 まだまだ事前の周知が難しい地震に比べて、雨や風などの気象災害はある程度予想されますから、気象情報には充分注意して災害を未然に防止するよう、心がけましょう。

 ニュースによればアメリカでは、熱帯暴風雨からハリケーンに発達した「グスタフ」が数日以内に米南部に上陸すると予想されており、ニューオーリンズ市では(日本時間の)今夜10時をもって強制避難命令を出すとか。3年前のハリケーン「カトリーナ」では1300人が犠牲になるなど、壊滅的な被害が出ているだけに深刻です。すでに避難する車で高速道路は渋滞しており、避難民は100万人を超えるということですから、心配です。

 あす9月1日は「防災の日」。地震や台風などに備えた日頃の心構えについて、職場や家族で話し合うなど、今一度、身の回りの防災について考えて見ましょう。


 《 カメラスケッチ・ 拘束された?「自由の女神」 》

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 湯沢市横堀の「道の駅おがち」(こまちの郷)の近くにあったパチンコ店のシンボルは、建物の屋上にそびえ立つ「自由の女神」。派米農業研修生としてアメリカに滞在中、ニューヨークで出合った「自由の女神」を、周囲を山で囲まれた旧雄勝町の田園地帯で見つけたときにはビックリしましたが、国道13号を挟んで向かいにある「小町堂と小野小町のモニュメント」と対峙する、地域の名物?でした。

 いつの間にかパチンコ店が閉鎖され、立ち入り禁止となった施設の屋上で、白いドレスも汚れが目立っていた「女神」。きょう、その前を通ったら建物は解体されていて、「女神」は敷地の一画にロープでつながれ、身動きできない状態になっていました。不自由になった「女神」、これは人災です。(写真・私も掲載するのに躊躇した、チョッと可哀そうな「女神」です)

by shouichiro_sato | 2008-08-31 21:55 | 社会・話題 | Comments(0)  

バイオエタノール工場

 けさの秋田魁新報は、秋田のニュースが満載でした。今年4月に実施された全国学力テストの結果が公表され、公立校の都道府県別平均正答率で秋田県は、小学6年生が昨年に続き国語、算数の全4種類の問題でトップ。2年連続「全国一」のすばらしい結果となりました。義務教育における確実な指導が成果を挙げていると思われます。嬉しいですね。

 また、1871年(明治4年)の廃藩置県以来、未画定となっていた十和田湖の県境問題で、青森県十和田市の中野渡春雄市長と秋田県小坂町の川口博町長が、「青森6、秋田4」とする県境案で合意し、両県知事が立会人となって覚書に署名したニュースもありました。

 さらに紙面をめくると6ページの総合面に、「バイオエタノール製造 北秋田市にプラント」の見出しあり。秋田県で初めてとなるバイオエタノールを製造する実証プラントが、独立行政法人・森林総合研究所(茨城県つくば市)により今年度、北秋田市坊沢に建設されるというものです。実証事業では、山林から原料となる間伐材などを回収、破砕してチップに加工してプラントに搬入。燃料になるセルロースなどの成分を抽出、糖化・発酵させてアルコール成分を取り出した後、濃縮してバイオエタノールを製造するとのこと。
f0081443_20593442.jpg 実証事業と研究活動は東京大、早稲田大、秋田県立大と連携して行われます。本年度予算は7億2500万円。プラントは年間330日稼動し、製造目標はドラム缶625本分の年間125kl。1ℓ当りの製造コストは100円が目標。豊富な森林資源がある秋田県ですから、木材を原料としたバイオエタノールの製造には大いに期待したいものです。(写真・今夜のNHK秋田のニュースでも紹介されていました)

 他には、「本県の高齢化率が28.6%で過去最高を更新」「北海道・北東北3県知事サミット開催」「秋田県の7月の有効求人倍率は、0・49倍」「大潟村の認定農業者取り消し訴訟、原告の請求棄却」など、関心のあるニュースが目白押しでした。

by shouichiro_sato | 2008-08-30 21:27 | 秋田県 | Comments(0)  

出馬表明

f0081443_14235355.jpg きょう午後1時30分から秋田県庁で記者会見を開き、私が来春の秋田県知事選挙に立候補する決意であることを、正式に表明しました。

(写真・県庁記者クラブの会見室にて)

 出馬を決意した経過や政策などについては次のような所信(コメント)を発表していますので、全文を紹介します。尚、記者会見には「秋田、これでいい会?」会長の山村巌さん(秋田市)、同副会長の土田章悟さん(大潟村)、「佐藤正一郎後援会」会長の佐藤正夫さん(羽後町)、「元気な秋田を創る女性の会」副会長の斎藤ひろ子さん(羽後町)、佐藤正一郎ファンの青年たちから石岡大輔さん(秋田市)に同席していただきました。


  
  《 来春の「秋田県知事選挙」に立候補します 》 

                                平成20年8月29日
                                秋田県庁記者クラブ・会見室にて


 私、佐藤正一郎は現職の任期満了に伴い、来年3月に告示される次回の秋田県知事選挙に、立候補することを決意致しました。

 私は生まれ育った羽後町で農業に従事しながら、羽後町議会議員を11年余り務めた後、平成7年6月から17年3月まで、羽後町町長の職にありました。この間、「人が輝き、人が活きる町づくり」を目標に町政を推進し、農業を中心とする産業振興や福祉と教育の向上、魅力あふれる自立の町づくりに努力して参りました。

 町長在任中の平成17年3月31日、私は閉塞感が漂う秋田県を変えたいという強い思いをもち、特に、知事が主人公の県政から県民が主人公の県政に、中央集権の県政から地方分権の県政に、一極集中の県政から地域を活かす県政にしたいと考え、自らの浅学非才を省みず、県政刷新をめざして秋田県知事選挙に立候補致しました。しかしながら、20万票を超えるご支持をいただいたものの、私の力不足で当選することはできませんでした。

 それ以来、私は知事選挙を機会に発足した確認団体である「秋田、これでいい会?」と従来からある佐藤正一郎後援会の支援を得て、県内をくまなく行脚するとともに、冬期間は岐阜県で働くなど、様々な角度から一県民として秋田県の現状と課題について見つめてきました。

 その結果、今日の秋田県は人口減少や過疎化が他県よりも著しく、産業や経済も低迷し、さらには県の自立さえ危うい、先行きが不透明な状況になっていると感じています。県経済は停滞しており、特に食糧の安全安心を確保し、秋田の環境と文化を維持・発展させるのに欠かせない基幹産業である農林水産業については、所得の低下と担い手不足が深刻であること。若い人たちが秋田で暮らしたいと思っても、活躍できる職場が少ないこと。県の内外で様々な格差が拡大しているにもかかわらず、地域の自立に向けた意気込みが弱いこと。国と地方の役割分担や財源配分が明確にならないまま「道州制導入」の論議が先行しており、誇りうる郷土・秋田の将来がどうなるのか心配なことなど、秋田県の状況はますます厳しくなっていると言わざるを得ません。

 こうしたことから、県民の皆さんが愛する秋田県をなんとかよみがえらせたい。特に東北でも最下位になっている農業総生産額を上位に復活させるなど、県勢を再生したい一念で、再び知事選挙に立候補し、「秋田県のもつ豊富な地域資源を活かし、県民の英知と力を結集して、秋田で暮らす幸せを実現していく役割を担いたい」と、決意いたしました。

 私の基本的な政治姿勢は今までと同様に無所属であります。何事にも県民・庶民の目線で臨む「県民党」の立場です。ただし、各政党や政治団体はそれぞれの政治信条に基づいて「県民の暮らしを豊かにしたい」という目的で頑張っていますから、できることは連携していきたいと思います。「県民みんなが主人公」であることを忘れず、自らを律して利益誘導は許さず、情報公開を充実して県民が積極的に参画できるよう、公正かつ透明、対話と協調による運営を行います。

 公約とする政策については、「農業の再生」「雇用の拡大」「医療の充実」など喫緊の課題とともに、資源の宝庫である秋田県の優位性を活かし、食糧やエネルギーの供給基地、対日本海貿易の拠点にするなど、日本の中の秋田、世界の中の秋田という、将来を見据えた構想について、きょうの立候補表明を機会にさらに県民の皆さんの参画を求めて検討を重ね、12月頃を目途にマニフェストとしてまとめ、発表いたします。

 例えば、食糧自給率を向上させ農業の担い手を確保するために、水田農業の所得向上を実現するアクションプラン。新しいエネルギー開発と循環型社会を支えるリサイクル産業、特色あるものづくり産業の振興。企業誘致に加え文化・交流などによる新しい産業の創出。少子化時代だからできる30人学級編成など、教育環境の充実。長寿社会を支える医療・福祉とバリアフリーの拡充。中国やロシアなどとの物流の拠点となる施設、交通体系ネットワークの整備。女性の社会参画をさらに進める方策などを盛り込み、市町村の特性を活かした町づくりと一体になって、秋田県を覆う閉塞感を取り払っていきたいと考えております。

 さらには、秋田県の未来を担う若い人たちが夢を語り、その実現に向かって一生懸命に努力できるよう、しっかりとサポートしていきたいと考えます。私自身にとっても青年時代に体験した多くの出会いが今日の基盤になっているように、若者に夢を与え、秋田を興す原動力として頑張ることができるよう、私自身が若者たちの応援団長になりたいと思います。

 もっとも、県の財政事情は逼迫しており、さらなる事務事業の見直しと事業効果の検証を進め、機構改革を含む行財政改革を積極的に行う必要があります。その上で重要なことは、県民への世話活動に徹する職員の意欲を引き出し、一丸となって県政課題の解決に努力していくこと。県民の皆さんの期待に応え、夢を提供していくことです。格差が拡大してきたハンディを逆手にとって、今こそ地方が自立していくチャンスととらえ、国に対しても地方分権の推進と財源移譲を積極的に働きかけるなど、秋田県の自立を目指して努力してまいります。

 私は昨年、「秋田わか杉国体」に競技団体代表として関わりましたが、開催地では住民がそれぞれの立場で協力して大会運営に努力し、多くの出会いと感動に包まれた「国体」にすることができました。国体の開催が決まってから、県と市町村、県体育協会、それに各競技団体が連携し、競技力向上のために指導者を招聘して選手の育成を図るなどした結果、夢に見た天皇杯と皇后杯を獲得できたことは、秋田県民の人情あふれる豊かな県民性と、内に秘めたる底力が発揮された成果だと思っております。このように目標を定め、県民の英知を結集すれば、困難な課題も乗り越えられると信じております。

 私は農業と農村社会の中で育ち、地方自治の現場で住民の暮らしを守ってきた経験があります。その上、様々な異業種体験をしてきましたから、一生懸命に頑張っている県民の皆さんの苦労や悩みも理解しているつもりです。私は多くの県民の皆さんや秋田県を愛する人々とのネットワークを活かし、「県民が主人公」であることを心に刻み、恐れず、怯まず、真正面から全力で頑張ってまいります。

 廃藩置県によって秋田県の名称が使用されたのは明治4年7月14日。新暦では8月29日で、きょうが秋田県にとって137年目の誕生日です。昭和40年に制定された「県の記念日」もきょうで44回目となりました。そうした節目に、「元気な秋田を創造する」ために私自身が再度、来春の知事選挙に出馬する決意をしたことを、ここに表明させていただきます。


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 上記の出馬声明を発表後、記者の皆さんからは「政党との関係は?」「政策の争点は何か」「寺田県政への評価」などについて、様々な質問をされました。これらの内容については後日に報告いたします。

by shouichiro_sato | 2008-08-29 16:34 | 政治活動 | Comments(0)  

記者会見

 あす29日は、明治4年7月14日(新暦では8月29日)に廃藩置県によって秋田県の名前が始めて使用された、「県の記念日」です。新しい時代の幕開けとなった記念の日に、私は県庁の記者クラブで会見を行ない、来年3月に告示される予定の秋田県知事選挙に立候補することを表明いたします。

 その際に述べる所信については直前まで熟慮を重ね、「秋田で暮らす幸せを実現する」ための決意にしたいと思って、準備をしております。そんな中で、3年前に現職の寺田知事に挑んだ記者会見の記録を読み返してみると、何事も恐れず、怯まず、初心を貫いてきた自分がいました。読者の皆さんには始めて公開する記者会見の原稿ですが、当時の私の心情をご理解いただければ幸いです。


  《 秋田県知事選挙に立候補するにあたって 》

                                 平成17年2月8日
                                 秋田県庁記者クラブ・会見室にて

 私、佐藤正一郎は3月31日に告示される秋田県知事選挙に、立候補することに致しました。
 私は昭和28年2月、雄勝郡羽後町上到米の農家に生まれ、地元小中学校を経て、昭和46年3月、県立大曲農業高等学校農業科を卒業しました。
 依頼、農業に従事。農業青年の学習活動である町農業近代化ゼミナールに参加し、県連絡協議会の発足に参画。事務局長も務めました。

 その後、派米研修生として2年間、アメリカに滞在。帰国後の昭和55年3月、羽後町議会議員に初当選。以来3期11年間、務めました。その間、地域活動として「うご牛まつり」「ゆきとぴあ七曲」「嫁来いトラクターデモ」などの企画と実践に携わり、羽後町の地域おこし運動の一翼を担ってきました。

 平成3年4月、初めて羽後町長選挙に立候補。さらに、6月の同出直し選挙に立候補しましたが、ともに落選。再び農業の現場に戻り、大豆の集団転作、スイカ、イチゴなどの栽培に従事。冬期間は岐阜県で土木作業員として出稼ぎも経験しています。
 平成7年、3度目の立候補で羽後町長に初当選。以来今日まで、3期10年間にわたって、その職務に全力を注いでまいりました。
 特に、政争の町と言われた町民の意識改革に努め、町民みんなが力を合わせて、町づくりに取り組めるよう、「人が輝き、人が活きるまちづくり」を目標に町政を推進してまいりました。
 町にとって最重要課題であった市町村合併への対応についても、昭和30年に7ヵ町村が合併して誕生した羽後町であり、ようやく住民に一体感が出てきたこと。人口、面積ともに一定の規模があることなどから、行財政改革を徹底することで合併には参加せず、自立の選択をいたしました。

 県政にあっては8年前、食糧費問題で県民の信頼を失い、その怒りで寺田知事が誕生。生活者の視点でその解決に努め、県民の幅広い支持を得て、4年前に大差で再選されました。山積していた県政の課題解決に取り組んだ寺田知事の頑張りに、私も敬意を表しておりました。
 しかし、2期目の寺田知事の言動と政治手法には、不安を感じるようになりました。トップダウンの意思決定や、県民の意識と乖離した発言。強権的な体質が表面化するなど、負の遺産の清算に取り組んだ1期目のイメージとは全く違い、対等であるべき県と市町村の関係、首長や県議会議員選挙への介入など、疑問を感じることが多くなりました。

 さらに、食糧費問題を解決し、県職員のあり方を厳しく問いかけ、綱紀粛正を誓った知事自らが、県の第3セクターである秋田空港ターミナルビルの交際費で、飲食やゴルフを繰り返していたことは、許されることではなく、県民の一人として理解できません。
 問題発覚後も、社内の対立が背景にあるなどと弁解し、謙虚な反省の言葉も聞かれませんでした。

 私はこうした現状を知るにつれ、怒りを覚えると同時に県政に漂う閉塞感を打破し、「知事が主人公の県政」から「県民が主人公の県政」に。「中央集権の県政」から「地方分権の県政」に。「一極集中の県政」から「地域を活かす県政」にしたいと思うようになりました。

 こうした思いを県民の皆様に伝え、秋田県のもつ豊富な地域資源を活かし、県民が積極的に参画できる県政になるように、県政刷新をめざして、自らの浅学かつ不才を省みずに県知事選挙に立候補することを決意いたしました。

 立候補にあたっては、秋田県のかかえる課題を分析・整理し、その解決のための私の考えをまとめ、県民の皆様にわかりやすく伝えるために、基本政策と公約を後日、発表いたします。

 告示までの残された時間は短いものの、どんよりと秋田県を覆っている雪雲の中に青空の光が差し込むように、県民の皆様が元気になれるように精一杯努力したいと考えております。



 その時から3年6ヶ月。今度は現職批判ではない、「秋田の未来を創造する」ための挑戦です。愛する秋田県の再生を果たすために決意した私の所信については、あすの記者会見の後にこの紙面に掲載いたします。   

by shouichiro_sato | 2008-08-28 23:11 | 政治活動 | Comments(0)  

大潟村長選挙、高橋氏が初当選

 大潟村の村長選挙は24日に投開票が行われ、元村議で新人の高橋浩人氏(48歳)が初当選を果たしました。同村長選挙には現職の黒瀬喜多氏(63歳)と元大潟農協専務理事の小林肇氏(41歳)、それに高橋氏の3人が立候補し、20年ぶりとなる三つどもえの激戦が展開されましたが、村民は入植者二世に新しい村の舵取り役を託しました。

 「減反政策」をめぐって村を二分してきた大潟村。今回の選挙では小林氏が「世代交代」、黒瀬氏が「村内融和」を訴える中で、高橋氏は「農家所得の向上」を中心とする政策重視の選挙戦を展開しています。以前、高橋氏にお会いしたら、「15haを経営基盤とする大潟村でも経営の悪化で離農する人が増え、このままでは村の存在も危うくなる」と語っていましたから、村民の危機意識が高橋氏の政策や主張に期待したことでしょう。高橋氏は農業近代化ゼミナール活動の仲間でもあり、心から当選をお祝いするとともに、「元気な村づくりの実現」のため、大いに頑張っていただきたいと願っています。

 ところで、3候補の公約を見ると3人とも農業政策をトップに据えていました。「農家の所得向上を図るための新規作物の導入、営農支援センターの機能強化」「農産物の付加価値を高める加工場誘致」(小林氏)。「所得向上を目指す農家への支援体制の強化と販売支援体制の整備」(黒瀬氏)。「農協と連携し新農業戦略を策定し所得向上を図る」「八郎湖の水質改善と環境創造型農業の推進」(高橋氏)など、「所得向上」の言葉が並んでいます。それだけ、今日の農業経営が厳しくなっている証左であり、農業の再生は秋田県にとって喫緊の課題です。

 国民の食料の安全安心を支えるばかりでなく、環境の維持や文化を築く根底にある農林水産業は、これからも秋田県の基幹産業です。私も大潟村はもちろん、県内各地の地域特性を活かした農業の再生と農村の活性化に、皆さんと英知を結集したいと考えます。知事選に向けた政策検討のなかで、農業問題を最重点課題として取り上げたいと準備をしています。


 《 カメラスケッチ・ 実りの秋近し 》 

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 水田の稲穂も頭を垂れ、黄金色に染まってきました。米価が下落している中では、収穫の秋になっても元気が出てきませんが、生産者にとっては一年間の結晶です。今年の生育と作柄は「平年並み」で順調。稲刈までの間は台風の被害などがないよう、天候が崩れないように祈るばかりです。今年も豊作でありますように・・・・。(写真・羽後町西馬音内の郊外で)

by shouichiro_sato | 2008-08-27 22:43 | 産業振興 | Comments(0)  

通算「800号」

 今回もアクセスいただき有難うございました。ご覧いただいているこのブログ・「さとう正一郎日記『元気な秋田』を創造しよう」は昨日、通算で800号になりました。インターネットやブログのことなど全く無知な私ですが、仲間の皆さんのアドバイスがあり、一昨年から毎日、何処からでも情報を発信できたことに感謝しております。

 昨夜はそうしたスタッフが集まり、さらなるバージョンアップについて意見交換をしました。早速きょうから、ホームページに「ブログの最新記事」が紹介されている他、注目されるキーワードについてもダイレクトで検索できるようになりました。この後はプロフィールやエピソードに写真や資料を添付するなどして、さらに親しみのある画面にしていきたいと思っております。

 もちろん、来春の知事選挙に向けてこれから発表する「声明」や「政策の骨子」「公約・マニュへスト」も、随時掲載していきます。「元気な秋田」を創造したいという皆さんと情報を共有しながら、県民の英知を結集し、崖っぷちにある秋田県の再生・復興を果たして「秋田で暮らす幸せ」を実現していきましょう。

 そうした中、さらに新しい応援団が加わりました。最近では20~30代の皆さんはインターネットよりも携帯サイトからの情報発信が主流になっていることから、携帯電話専用のサイトを開設していただけることになりました。様々な新しいメディアを活かすことによって、多くの方に関心を持ってもらえるならば、これも嬉しいことです。全く想像もつかないようなアイデアに感心しながら、めまぐるしい「情報化社会」の進展に驚き、改めて新時代の幕開けを感じました。
 
 ただし、私にできることは日課にしているブログの更新を、「しっかりやっていくこと」だけです。「続けることが大事だ」と励まされ、今夜も「さとう正一郎日記」の執筆を終えました。

by shouichiro_sato | 2008-08-26 22:22 | 家族・仲間 | Comments(1)  

「農業危機突破」県生産者大会

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 米価が低迷する中で原油・肥料・飼料等の価格が高騰し、農業者の経営が極めて困難な状況になっていることから、秋田県農業協同組合中央会と秋田県農協農政対策本部が主催する「農業危機突破 秋田県生産者大会」が、きょうの午後1時から秋田市文化会館で開催されました。県内各地から1,000人をこえる参加があり、「自助努力で解決できる範囲を超えている」として、国に対して強力な要請活動をすることを決議しました。(写真)

 大会では冒頭に、「世界的な穀物需要の逼迫から、畜産・酪農経営に欠かせない配合飼料価格が2年余の間に5割以上も上昇している」 「世界各国が食料増産に取り組み肥料需要が増大し、既に肥料価格も前年比63%の値上げになった」 「産地づくり交付金は生産調整面積拡大により交付金単価が引き下がる事態となったほか、新規の飼料用米や米粉生産など非主食用米へは緊急一時金を除き、交付金では対応できない現状にある」 「水田経営所得安定対策における米の収入減少影響緩和対策は、米価の下落で前年度よりさらに引き下がることになる」等々、厳しい情勢が報告されました。

 そうした危機的状況の中で食料自給率の向上に向けた取り組みを国家戦略として構築するために、「原油・肥料・飼料高騰に対する緊急対策、並びに品目政策、担い手政策、農地制度等総合的な政策確立と補正予算対策を含めた万全な予算の確保」について、来賓として出席していた県選出の国会議員らに強く要請しています。

by shouichiro_sato | 2008-08-25 23:50 | 国政・時事 | Comments(0)  

住民運動会

 昨夜から雨が降り続く一日。羽後町上到米地区では「第35回住民大運動会」が田代福祉センターに併設されている体育館で開催されました。地域にあった小学校も統合して無くなりましたが、運動会の準備や運営も全て地域の皆さんによる手づくりで、子ども達から年輩の皆さんまで多くの住民が参加し、にぎやかで楽しいひと時を過ごしました。

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 (写真・集落対抗競技の「縄ない競争」。ベテランの技に場内は盛り上がりました)

 ところで、今夜は8月8日に開幕した「北京オリッピック」の閉会式。17日間に亘って繰りひろげられたスポーツの祭典で、日本選手団の活躍に一喜一憂してきた毎日でした。そんなオリッピックの話題もあって、住民運動会の終了後は各集落毎の反省会・懇親会も大いに盛り上がった一日でした。

by shouichiro_sato | 2008-08-24 23:15 | 地域活動 | Comments(0)  

大曲の花火

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 全国一と誇りに思う「大曲の花火」に行ってきました。天気予報の通りに午後4時頃から雨模様となりましたが、夜花火の部が始まる頃には雨も小康状態になり、全国から選ばれた花火師の競演に酔いしれてしまいました。星空でなかった分だけ花火の色が鮮やかに見え、水色や桜色など多彩な色彩が楽しめた大会でした。 (写真・誰もが期待する「大会提供花火」は午後9時前に始まりました。約6分間、連続して打上げられる大曲の花火師の心意気に会場は大歓声。どの瞬間も素晴らしいものばかりで、全てがシャッターチャンスです) 

 雨が降るという天気がわかっていても、多くの花火ファンが会場を埋め尽くし、天気の愚痴をこぼす人はおりません。それだけお客さんは、悪天候でも得ることができる「大曲の花火」の感動を知っているんですね。

 主催者や関係者の皆さんに感謝しながら、素晴らしい花火の数々に大満足のひと時でした。深夜に家に帰って母に聞いたら、「今年のテレビは、煙も適度に流れて、色彩がきれいだった」とのこと。NHK・BSハイビジョンの特別番組「全国花火競技大会」も今や定番。全国の花火ファンの皆さんが、テレビ桟敷で堪能したことでしょう。「大曲の花火」も秋田を代表する、大きな地域資源ですネ。

 雨が降っても、また来年に「夢」が広がる一日。何んと素晴らしい、感動の一夜でした。

by shouichiro_sato | 2008-08-24 00:25 | 秋田県 | Comments(0)  

マスコミ

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 毎週金曜日に発行される「週刊アキタ」。22日付の同紙は来春に行われる知事選挙の候補者選びが、各政党などで始動したことを緊急記者座談会で報道しています。その中で「秋田、これでいい会?」と佐藤正一郎後援会の合同会議が19日に開かれ、今後の政治活動のスケジュールを決めたことから「佐藤氏、今月中にも出馬表明か」と、前回の知事選で街頭演説をしている私の写真入で伝えていました。同紙は秋田市内で発行日前の木曜日に配達されることから、昨夜には知事選出馬に関する私の決意や事実関係について、地元新聞社の取材を受けることになったのです。(写真・22日付の「週刊アキタ」と秋田魁新報朝刊)

 早速、けさ早くから多くの新聞社やテレビ局など、マスコミから報道の内容について問い合わる電話が殺到しています。訊ねられた主な内容は、「出馬表明をする記者会見の日時と場所は?」「出馬を決意した理由は何か」「何を公約の中心に据えて訴えていくのか」「政党との関係はどうするのか」「既に政党幹部との話し合いをしているのか」等々・・・・です。

 来週前半に準備を整え、県政記者クラブの幹事社にお願いして29日(金)午後に、知事選に臨む基本姿勢や政策の骨子について発表する機会をつくっていただきたいと考えております。その後はこのホームページでも記者会見の内容などについて随時、掲載していきます。読者の皆さんも、改善すべき点や気になる内容がありましたら、遠慮なくご意見をお寄せください。

 秋田魁新報の記事を読んだ方は、「ソフトボールも悲願の金メダルを獲得した。佐藤さんもそれに習って目的を達成してください」と激励してくださいました。私もけさの紙面を見てビックリしてしまいましたが、「秋田の元気の起爆剤」になるよう、一生懸命に頑張ってまいります。

by shouichiro_sato | 2008-08-22 21:40 | 政治活動 | Comments(0)