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「男鹿みなと市民病院」のこと

 男鹿市では「市立男鹿みなと市民病院」の医師を確保するために、就学資金貸与制度を設けたものの、今までに申し込みが一件もなく期待はずれの結果になっていると、今朝の秋田魁新報は報じています。記事では「医師の早期確保を目指した県内市町村で初の試みだ」とありましたが、羽後町でも過去に実施したものの、成果がなかったとして制度を廃止した経緯があります。

 町立羽後病院もかつて医師不足が深刻になり、台湾から招聘するなどして病院の存続に苦労してきた歴史があります。そうした経験から、地元の医師を確保するために奨学金制度を設けて、町立病院に一定期間勤務してくれれば資金の返済を免除するという条件で実施したのでした。しかし結果は、医学部に進学する時点で制度を利用した人はいましたが、卒業と同時に「故郷へは帰らず、もっと勉強したい」として他の病院に勤務してしまい、資金は年賦で返済するとのこと。開いた口がふさがらなかった思い出があります。

 以来、医師の確保は医師にとっても「魅力ある病院づくり」に尽きると考え、施設整備や医療機器の充実、赤字体質の解消に努めてきました。毎年、町の一般会計から病院の特別会計に多額の繰り入れをしていますが、町内に立派な信頼できる病院があることが「最大の福祉」政策と考え、議会の理解と協力をいただいてきました。その結果が、今日の町立羽後病院であると自負しています。

 県内では総じて自治体病院の経営が苦しく、累積赤字が膨大になっているところもあります。地域にとって必要であり、今後も存続していくのであれば、先ずはその解消が重要でしょう。単年度では無理にしても、3~5年位で累積赤字を解消するぐらいの経営改革と財政負担をしないと、現場も意欲を失ってしまいます。先も見えずにズルズルしていることが、さらに問題を先送りしている感じです。

 男鹿市の場合も、抜本的な対策をとらない限り医師の確保が順調に行くとは思われません。民間の医療機関も手薄で県立病院もない秋田県の場合、厚生連病院や自治体病院が地域医療の中核となっているのが現実ですから、県は県民の医療を確保する視点で、そうした病院の経営再建資金を準備するなど、政策的にもできることはまだまだあります。

 病院改築などの施設整備には熱心な首長は多いのですが、大切なのは「その施設が充分に機能を発揮しているか」であることを、為政者は忘れてはいけませんね。

by shouichiro_sato | 2007-02-28 21:11 | 秋田県 | Comments(1)  

県議選を前にして

 前回の全国統一地方選挙で、こんな事件があったとは驚きでした。

 2003年4月に行われた鹿児島県議会議員選挙で、公職選挙法違反(買収・被買収)の罪に問われた12人の被告に対して、鹿児島地方裁判所は今月23日、全員に無罪の判決を言い渡しました。事件は志布志市のわずか7世帯しかない集落で、同年2月から4回の会合が開かれて191万円のお金が配られたというものでした。厳しい取調べのなかで自白した6人の供述の信用性や、候補者の当日のアリバイが争点となりましたが、裁判長は「供述は事実と異なり、内容的にも不自然で不合理。アリバイも客観的に信用できる」と判断しました。

 被告らは当初から事実無根だとして無罪を主張していましたが、物的な証拠がないにもかかわらず、自白を強要したりした違法な捜査で、冤罪が築かれていった模様です。長時間の任意聴取や取調官の暴言、弁護士との接見内容を調書化したものもありました。特に、任意で取調べ中の被疑者に、家族の名前と家族が被疑者を諭す内容を書いた紙を強制的に踏ませるなど、常軌を逸脱した捜査が行われています。鹿児島県警はこうした違法な取調べでも民事提訴され、既に敗訴していますから、今回の判決で「全面敗北」。弁明の余地もなく、溝手国家公安委員長も「反省」のことばを述べています。

 結局、事件はでっち上げによるものでしょうが、4年間に被った被告の皆さんの苦しみは無罪になったからといって癒されるものではありません。鹿児島県警本部長は21日に、被告と県民に謝罪し、取調べを行った男性警部補(44歳)を減給10分の1(3ヶ月)にするなど、関係者3人の処分を発表しましたが、濡れぎぬを着せられた皆さんの苦労からすると、何と軽い処分でしょう。

 23日の判決を受けて、日本弁護士連合会は平山正剛・会長の声明を出しました。「本件のような虚偽自白の強要による冤罪や、自白調書の任意性をめぐる審理の長期化を二度と生じさせないためにも、取調べの全過程を録画・録音するという取調べの全過程可視化こそが、必要不可欠であり、それが裁判員裁判の開始時までに実現することを強く求める」というものです。警察といえども「でっち上げ」や「やらせ」は許されません。犯罪には厳しく臨むとしても、慎重な対応がなければ、苦痛から逃避したいがために事実と違う供述をすることがあることを、今回の事件は教えてくれています。

 さて、秋田県議会議員選挙も告示まであと1ヶ月。候補者の顔ぶれも出揃い、日常の政治活動も活発になってきました。ここは、各陣営とも県警本部に迷惑をかけることのないように、正々堂々と論戦を展開して欲しいと思っています。

by shouichiro_sato | 2007-02-27 22:16 | 社会・話題 | Comments(0)  

きょうは病院にいました

 きょうは町立羽後病院(院長・佐藤眞先生)を拠点にした一日でした。

 父が先月、救急車で緊急入院してから35日目。治療のおかげで状態は安定しているものの、主治医の先生とお話できることになり、朝から付き添っておりました。

 それにもう一つ。実は昨年の11月初め、息子の車のタイヤ交換を手伝っていて、腰に電気が走るような衝撃を感じたことがありました。その時はあまり気に留めなかったのですが、先月に帰省した際にも、洗面所で前かがみになった瞬間に同じような体験をし、以来、就寝中に足などが痺れる症状がありましたので、病院にいるうちに整形外科の診察を受けました。

 羽後病院の整形外科は副院長の西先生をトップにして、県内でも有数のスタッフを揃えている診療科として有名です。私自身は病院の建設や医療機器の整備には関わってきたものの、患者としてお世話になるのは初めて。朝の受付から問診票記入、レントゲンと診察。さらには県内でも最新鋭のオランダ・フィリップ社製MRIで、画像撮影を体験しました。

 整形外科は3人の先生が診察に当たっていますが、今日の患者は120人以上。午前9時から始まって、昼食もとらずに午後2時近くまで頑張っておられました。見ていると、高齢者の患者さんでも理解できるように、丁寧な説明をしています。診察室の入口には「西先生は午後には手術があります」との表示もありましたが、毎日こうした状況だそうで、驚いてしまいました。

 幸いにも私は、(当分の間)飲み薬とシップ薬で対応することになり、ひと安心。54歳になったばかりというのに、「いつまでも若いと思うな」と忠告されたようで、いい勉強になりました。

 尚、主治医の先生や家族とも相談した結果、父もまだまだ頑張れるでしょうから、私は明後日(28日)、岐阜市に戻る予定です。 

by shouichiro_sato | 2007-02-26 21:33 | 今日の出来事 | Comments(0)  

私、54歳になりました

 2年前の秋田県知事選挙に出馬表明したことがきっかけとなって発足した政治団体、「秋田、これでいい会?」の平成19年総会が、きょう秋田市卸町の「秋田まるごと市場」で開催されました。

 先の知事選挙では当選することはできませんでしたが、今の秋田県の現状に我慢できずに決意した私の気持ちは、結果として現実の県政に現れてきているように思います。私は出生率が日本一低い県だからこそ、「日本一の子育て支援をしよう」と訴えました。さらに、郷土の担い手が地元に定住できるように「地域資源を活かした産業振興をしたい」とも主張してきました。知事選挙直前の時間もないなかで、そうした訴えは浸透できなかったかも知れませんが、「秋田県の現状は低迷・衰退の道を転げ落ちている」というのが、総会出席者の素直な感想でした。

 「贅沢を排除して県債(借金)残高は1兆円以内に抑えるとした約束は守られず、今の秋田県の債務残高は1兆2000億円。その原因はインフラ整備に名を借りた過大投資で、特定の建設業者が元気を吹き返しただけではなかったか。」

 「県は財源不足を理由に県民に新たな県民負担(税金の上乗せ)を求めているが、県民に理解してもらうだけの説得力ある説明がない。秋田市民の反対の声に逆らって強行した『秋田中央地下道」』は、駅の東西をたった7分短縮するために700億円。1分間に100億円だ。この予算があれば山形新幹線の新庄駅から大曲駅までの延伸も可能だったと思う。」「秋田市の『南ヶ丘ニュータウン』の宅地造成も、失政を認めて県住宅供給公社の債務を穴埋めすれば70億円の負担ですんだものが、『子ども支援総合エリア』の建設をする予算は総額200億円。理由をこねて過去の政策の失敗を穴埋めしているのが現実だ」・・・・というお話もありました。

 ここは冷静に考えましょう。全国的に見ても秋田県の現状の数字は低迷しているのです。見栄を張って誤魔化さないで、素直に足元からの再出発を果たしましょう。そうした率直な気持ちを訴えて、明日の秋田の夢を語ることが大切だと感じた一日でした。

 日曜日の何かと所用の多いなか、総会に参加いただいた皆様に心から感謝申し上げます。誠にありがとうございました。そして、今日は私の54回目の誕生日。思いがけなく花束などいただき、恐縮しております。重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。

by shouichiro_sato | 2007-02-25 22:05 | 政治活動 | Comments(0)  

天皇杯に向けて

 きょう午後1時から秋田市にある県スポーツ会館で、9月30日から始まる「秋田わか杉国体」本大会に向けて、チームプレイを主とする競技団体への激励会議がありました。軟式野球やソフトボール、ラグビー、サッカー、それにホッケー競技の団体代表者が集合し、いわゆる天皇杯得点で大きな点数となる(通称・64点競技)種目で頑張ることができれば、天皇杯獲得(総合優勝)も可能だとして、今後の取り組み方などについて意見交換をしてきました。

 冒頭、県体育協会の蒔苗昭三郎会長が先般行われた冬季国体スキー競技に関して、「競技団体の意気込みがすごかった。鈴木洋一・県スキー連盟会長は大会が始まる前から、これだけの準備と練習をしていれば総合優勝は間違いないと言っていた。特に花輪の競技会場では地元の皆さんの声援も素晴らしく、選手にとっては大きな力となった」と、競技団体や地域の盛り上げがスキー国体史上、初めての総合優勝につながったと報告されました。

 本大会まであと7ヶ月に迫った今、競技会場や練習環境も整い、ふるさと選手の招聘など選手の補強も進んで競技力も向上しつつありますから、あとは選手諸君が持てる力を存分に発揮できるよう、競技団体などが士気を鼓舞する活動を展開することを確認してきました。天皇杯獲得のために結果を出すことも大きな目標ですが、(勝負は時の運でもあり)悔いのないように準備をして本番を迎え、悔いなくプレーしたかも重要です。

 幸い22日(木)夜、羽後町で羽後高校ホッケー部後援会や同校ホッケー部OB会、同校ホッケー部保護者会、それに県ホッケー協会も参加して、「平成19年秋田わか杉国体ホッケー競技後援会(会長・猪岡専一ホッケー部後援会長)」が発足しました。羽後町での国体開催は初めてであり、まして半世紀に一度の地元国体である以上、多くの皆さんの協力を得て大会を成功させたいと、選手を支援するための募金活動などを行うことを決めています。

 さらに、大会期間中の民泊組織も結成されて、徐々に町民の関心も高まってきています。施設整備から選手強化まで、町の財政負担も大きくなっていますが、「国体という国内最大のスポーツイベントを通じて、町民の皆さんも大きなエネルギーを吸収してもらいたい」のが、ホッケー競技の誘致に拘った一人としての願いですので、協会としてもさらに頑張っていきたいと思います。

 蒔苗会長は最後に、「秋田県も国体開催が決まってから10年余、50億円もの財政負担をしてきた。しかしこれは、秋田県の将来に対する『投資』だと思う。」と話していましたが、私も同感です。選手のみならず、かかわった多くの人たちにとって、必ずや大きな財産となると確信しています。

by shouichiro_sato | 2007-02-24 21:41 | 秋田わか杉国体 | Comments(0)  

少ない雪に驚きました

 今年は雪が少ないとは知っていましたが、やっぱり驚いてしまいました。

 先月23日に帰省した時より、今日のほうがさらに少ないように感じました。名古屋からの飛行機で大曲上空にくると、真っ白な仙北平野ではなく、所々に田圃の土が見えるではありませんか。秋田市周辺や由利本荘地域の沿岸部には雪など全くなし。とても2月下旬とは思われない風景でした。

 我が家の周辺もそうです。例年なら屋根から滑ってきた雪で、家屋の周りは排雪しなければならないはずなのに、雪の山は小さく、もう春先のような状況で、なんか不思議な感じです。

 雪でも雨でも気温でも、平年並みでないと「異常気象」と表現される昨今ですが、「このままで大丈夫だろうか?」などと、余計な心配もしてしまいます。

 事実、同じような暖冬だった平成5年には、夏になってから低温と日照不足が東北や北海道を襲い、コメの作況指数も全国で「74」の著しい不良。コメ不足が生じて外国から緊急輸入される事態になっています。こんな記憶も生々しいだけに、何となくこれからが心配になってくるのです。ただし、気象庁が昨日発表した暖候期(6~8月)予報では気温は高めで、降水量は平年並とか。そうであれば安心なのですが・・・・・。

 早くも子吉川水系では「渇水対策」の協議が始まったとも聞きました。去年のような大雪も、除雪経費が膨大になったり、日常生活にも支障がありましたが、あまりに少ないのも問題になってきます。水不足が心配される地域では、今から対策を検討しておくことが重要でしょう。「備えあれば憂いなし」です。 

by shouichiro_sato | 2007-02-23 22:34 | 今日の出来事 | Comments(0)  

秋田内陸縦貫鉄道も大混雑

 十年以上前の話になりますが、羽後町田代の有志で仙北市西木町(当時は西木村)にある農家民宿「泰山堂」(藤井直市・けい子さん経営)にお世話になって、「西木の冬祭り・紙風船上げ」を見学することができました。

 泰山堂のある西木町小渕野は角館に近いところですが、紙風船上げの会場は同町上桧木内。北秋田市に隣接する奥深い山里です。南北に長くて面積の広い旧西木村を象徴するように、藤井さんの運転する自家用車で片道1時間もかかったでしょうか。雪の中のドライブで、しかも周囲は真っ暗で寂しくなってくるひと時でしたが、紙風船上げの会場に到着すると全く別世界。幻想的な「メルヘン」の世界に迷い込んだ、驚きと感動に包まれたことを今でも鮮明に記憶しています。

 どうして上桧木内の地域に、こんなた夢いっぱいの祭りが伝承されてきたのか知りません。同地域内の8集落が準備した様々な大きさの紙風船は、バーナーで熱した空気を吹き込まれて油の浸み込んだ玉に火をつけられると、見事に冬の夜空に上っていきます。雪の中だからこそ、山里だからこそできる奇抜な発想に、思わず「これはすごい」と思ったものでした。以来、何度か足を運んでいますが、今では秋田の冬祭りでも全国からお客さんが急増している話題の行事になってきました。

 20日付の秋田魁新報「地方点描」の記事に、その日は会場を通る「秋田内陸縦貫鉄道」(通称・内陸線)がすし詰め状態であったことや、上桧木内駅ではホームへの入場制限があり、首都圏の通勤電車のようだったとありました。赤字で悩む第三セクターの姿ではなかったと書いています。眼を瞑ると想像できるような気がします。それほどまでに、意外な驚きと喜びがある一夜なのです。

 内陸線の沿線では過疎化が進み、地元の利用客は減少して厳しい経営になっていますが、記事を読んで地域外からお客さんを呼び込む工夫に知恵を絞ることが、「生き残り」戦略のキーワードであるように感じました。道路網が整備されてこれだけ自家用車が普及してくると、単なる移動手段としてのローカル鉄道は利便性に欠けるものがあります。しかし、車とは違った車窓から見る四季の風景や大きな車両内の雰囲気など、評価は徐々に回復する兆しもあるといわれています。通勤・通学の足としての役割とリゾート列車としての魅力の創設。五能線のリゾート列車が日本海の景色でお客さんに喜ばれているように、内陸線では山村の四季や地域資源を体感できるプログラムを開発することができそうです。

 「毎日、紙風船上げがあればいい」という地元の皆さんの声を聞くと、沿線の各地域で創意工夫できることがあるのではないかと思いました。 

by shouichiro_sato | 2007-02-22 23:55 | 産業振興 | Comments(1)  

伊吹山に見事な夕日

 それは見事な夕日でした。岐阜県と滋賀県の境にあるい伊吹山(標高1377m)の方向に、何ともいえない見事な色彩の、大きな太陽が輝いた今日の午後5時過ぎ。日本海に沈む夕日とは違う感動を体験しました。

 国道21号線で行っていた舗装修繕工事も昨日の朝で終了し、今日は看板の撤去や現場事務所の後片付けの仕事で、一日中、2トン・トラックの運転をしながら岐阜市内を走り回っておりました。日中の最高気温は16度にもなり、春が来たような花曇りの一日でしたから、爽快な気分で過ごすことができました。そこに見事な夕日でしたから、嬉しかったですね。

 昨年の11月中旬から始まった舗装修繕工事は、岐阜市内でも最も交通量の多い県庁前の幹線道路だけに、作業は夜間(交通規制は午後10時~午前6時)に行われていました。振り返ってみると、秋田班の作業員が担当した夜間勤務だけでも45日以上になります。土・日曜日は休みでしたし、月曜日は昼の仕事をした後で夜間勤務になるのが定番だったものの、約3ヶ月間は昼は寮で就寝し、夜には出かけて行く「夜行性動物」のような生活でしたから、天気が良くて日差しの強い毎日でも、日焼けすることはありません。そんな日々でしたから、私はようやくお腹周りも引き締まり、目標とする体重(身長172cmの私は、体重68㎏が理想です)に近づいています。(チョッと変身しましたよ。驚かないでくださいね)

 ところで私は23日(金)、再び秋田に帰ることになりました。町立羽後病院に入院中の親父の病気も進んでいるようですし、2年前の知事選挙をきっかけに発足した「秋田、これでいい会?」の定期総会も開催されますので、お世話になっている会社には年度末の超多忙の時期に申し訳ないのですが、今月末まで休みをいただきました。

 毎日気にしている秋田の天気。今年は雪も少なく穏やかな日が多いようで、離れて暮らしている者としてはこれほど安心なことはありません。今日は秋田でも夕日を見ることができたでしょうか。正月から2ヶ月もたっていないというのに、見事な伊吹山の夕日を見たら、「雪はどれ位積もっているのだろうか」「朝夕の寒さは厳しいだろうか」などと急に心配になった自分です。

by shouichiro_sato | 2007-02-21 22:38 | 出稼ぎ | Comments(1)  

山梨日日新聞の盗用問題

 山梨県の地元紙である「山梨日日新聞」は、社説を執筆した論説委員長が他紙の社説を盗用していた問題の調査結果を発表し、同氏を懲戒免職にするとともに社長が引責辞任することになりました。

 「盗用」問題が発覚したのは、1月31日付けの社説「厚労相『産む機械』発言」が、前日(30日)の神戸新聞と西日本新聞の社説に酷似しているとの指摘があり、同社が2月6日に調査委員会を設置して実態の解明を進めてきました。その結果、2003年6月20日に論説委員長に就任して以来、同氏が執筆した社説にはさらに15本の盗用があったことも判明しました。

 同社の調査報告が掲載されているホームページを見ると、新たに盗用が判明した15本の社説について、「対照表」をつけて他紙の記事を盗用した内容を紹介していますが、あまりにも記述内容がそっくりだったりしていて、驚いてしまいます。文章を書く場合に、論旨や表現方法について様々な文献や新聞記事などを参考にすることは当然あることですが、引用した場合はその出所を明らかにしなければなりません。しかし、今回明らかになった表記は参考の域を逸脱していて、弁明の余地がないこともはっきりしました。

 ところで、インターネットで地方紙の記事などを検索することが好きな私は、時々似かよった「社説」に出会うことがあります。特に時事問題や国際情勢についての論説では、各地方紙には専門家は少ないはずですから、たぶん共同通信社などから配信される論説資料を参考にしていると思われる記事があります。こうした社説と各紙のオリジナル社説との違いははっきりしていますから、この際、各新聞社も執筆のあり方や掲載の方法について検証してみる必要がありそうです。

 山梨日日新聞は明日(21日付)から、社説や論説の在り方や執筆体制、チェック体制、報道倫理の徹底が済むまでの間、「社説」を休載するとのこと。社説のない新聞は、新聞の使命をどこまで果すことができるのか、気の抜けたビールのようで咽喉ごしが良くありませんね。

by shouichiro_sato | 2007-02-20 23:56 | 社会・話題 | Comments(0)  

斎藤・井川町長が8選果す

 18日に行われた南秋田郡井川町長選挙で、現職の斎藤正寧氏(64歳)が8回目の当選を果しました。斎藤氏は秋田魁新報の記者から政治の道に入り、県議会議員2期目の途中で出身地の井川町長選挙に立候補して初当選。それが今から28年前で36歳、県内最年少の首長として注目されてきました。

 以来、2選目から7選目までは連続6期無投票当選という全国でも稀な実績の持ち主。市町村合併が進んで県内の町村数が60から12団体に激減した一昨年からは、県町村会の会長に就任し、豊富な経験を生かしてリーダーシップを発揮されています。

 井川町の人口は5,847人(平成17年国勢調査)、面積は47・95平方キロメートル。大きな規模の自治体ではありませんが、「日本国花苑」に代表される「さくら」の町づくりや幼保一体の子育て支援など、特色ある地域振興策を展開してきており、(近隣の町村では様々な出来事があった)政争などに無縁の地域。それは斎藤氏が町民の厚い信頼を裏切らず、町政運営に当たってきた証左でもありましょう。

 ところが今回は、告示1週間前に「無投票阻止」を掲げる対立候補が名乗りを上げ、同町では28年ぶりの選挙戦となり、内心では穏やかざる心境だったのではないでしょうか。相手候補は「多選の弊害と退職金のカット、早期の合併」を主張していましたから、斎藤氏の7期28年間の実績を町民がどのように判断するのか、結果が気になっておりました。しかし、それは杞憂でした。開けてみれば斎藤氏2641票で相手候補は1512票。町民の皆さんは町政の転換よりも安定した実績のある斎藤氏を選びました。「ご当選、誠におめでとうございます」

 最近では自治体の不祥事がある度ごとに、首長の「多選禁止」が話題になっていますが、住民にとってはもっとも身近な存在である首長がしっかりと負託に応えてくれていれば、「それでいいではないか」ということでしょう。「相手の票も胸に刻み、新しい井川町の再スタートが切れる」(朝日新聞)と喜びを語ったいう記事に、斎藤氏らしい誠実な人柄を感じました。

 私も羽後町長に就任した頃から斉藤・井川町長にはお世話になってきましたので、今後ともよろしくご指導いただきたいと願っております。

by shouichiro_sato | 2007-02-19 17:56 | 秋田県 | Comments(0)