人気ブログランキング |

カテゴリ:出稼ぎ( 42 )

 

お風呂、パートⅡ

 昨夜の仕事は雨で中止になったものの、その代わりに日曜日の今日は出勤することになり、朝6時半に宿舎を出発。岐阜県内でもっとも有効求人倍率の高い関市の工業団地で、新築中の工場敷地の舗装工事を行ってきました。平日の工事現場には50台以上の作業車が出入りしていますが、構内道路や駐車場の舗装は他の業者の車がない休日に作業することで、効率よく仕事ができますから、日曜出勤も止む終えません。

 天気も回復し、「お日様も長くなったものだ」などと話しながら仕事をしていましたが、終わってみれば午後7時。宿舎へ帰ったら8時を過ぎていました。早速、同僚達はお風呂場に直行したものの、どうしたことか「冷たい状態」。そういえば今日は日曜日で、秋田班全員が関市に行っていましたし他の寮生も自宅に帰っており、宿舎には誰もいませんでしたからお湯が冷まってしまったのでした。早速リーダーがお湯を入れ替えて事なきを得ましたが、笑うに笑えない話です。

 ところで私は、かつて2年間もお風呂のない生活を経験しています。派米農業研修生としてアメリカで生活した時には、ワシントン州モーゼスレークにあるビックベント・カレッジの寮はシャワーだけ。実習で滞在したアイダホ州やオレゴン州の農場の宿舎もシャワーしかなく、ゆっくり湯船につかることはできませんでした。そんな訳で、日本に帰ってきて自宅の小さなお風呂でも、手足を伸ばした時にはつくづく「幸せだな・・・」と感じたものです。

 ビジネスホテルのユニットバスや家庭用の一般的なお風呂にはあまり大きなものはありませんが、やっぱり広々としたお風呂はいいですね。銭湯や温泉施設はもちろんのこと、大きなお風呂は気持ちも安らぐような気がしてきますから不思議です。ちなみに宿舎のお風呂は一度に4~5人が利用できます。

 しかし、日本人のように湯船に浸かって安らぎを感じている人たちは、地球上の人々のほんの一部でしょう。国によって暮らしの環境が違うとはいえ、人間誰でも大きなお風呂に入ったら、幸せな感じになるに違いありません。私は、日本の大きな風呂は世界に誇る文化だと思っています。 

by shouichiro_sato | 2007-02-18 23:21 | 出稼ぎ | Comments(0)  

お風呂

 私がお世話になっている岐阜市の(㈱)市川工務店の宿舎には、大きなお風呂があります。

 昼勤務のメンバーが利用するのは午後5時過ぎから。夜間勤務から帰った人たちは午前5時頃からと時間はさまざまですが、暖かいお風呂が24時間待ってくれていることで、元気も出てきます。

 年度末が近づいた為に仕事も忙しくなり、土曜の今夜も特別に夜間勤務の予定でしたが、岐阜市は午後から雨が降り続き、作業は中止。体調モードは夜勤体制だったものの、中止となればゆっくりできます。早めのお風呂に入ってゆっくりさせていただきました。特に昨夜は冷え込んでいましたから、こんな時には暖かいお風呂が最高ですね。しみじみとお風呂のありがたさを満喫したひと時でした。

 そんな訳で、今夜は休ませてもらいます。

 

by shouichiro_sato | 2007-02-17 23:05 | 出稼ぎ | Comments(0)  

梅も見ごろになりました

 建国記念日のきょう、「岐阜市でも梅の花が開いている」という同僚の話を聞いて、「梅林公園」に行ってきました。市の中心部から車で10分、住所は岐阜市梅林南町です。

 この公園は今から130年以上前、故篠田祐助氏が私有地を整備して「篠ヶ谷園」として市民に公開したのが始まりとか。そして昭和23年、公園の土地を岐阜市に寄贈して「岐阜市梅林公園」となった歴史があり、園内には約50種類、1300本の梅が植えられています。今年は暖冬の影響で開花も早まって1月中旬から咲き始め、既に園内の3分の1位の木が紅や白の花をつけていました。

 ところで「梅」は、NHK秋田放送局の呼びかけがきっかけで、羽後町が昭和42年に制定した「町の木」でもあります。ちなみに、町の花は「福寿草」。町の鳥は「うぐいす」。ともに平成元年に制定されています。梅は「花も見事であり、実は梅干、梅酒などに利用でき、経済と美化はその木を大事にすることにつながる。また、梅は昔から災難逃れとして親しまれてきた」というのが、当時の選定理由になっています。しかし、町内に梅林公園はありません。

 町議会の議論でも何度か、「町の花・鳥・木」を普及させようという声が上がり、子どもの誕生祝に「梅の苗木」を配布したこともありますが、結局はうまく育たず、(育たなければ縁起が悪いと)長続きしなかった苦い思い出もあります。町の木に梅を選んだ願い(思惑?)と羽後町の土地や自然環境が上手く結びつかなかったのでしょうか。そんなことを考えながら園内を散策してきました。

 帰り道には市内にある伊奈波神社や鏡島弘法大師、瑞穂市の美江寺にも立ち寄り、旧中仙道沿いの史跡も見てきました。祝日だったためか、何処でも地域の氏子や信者の皆さんが多く集まっていて、境内の掃除をしたり案内をしており、私まで心が豊かになるひと時を過ごさせていただきました。

 それにしても、この地方の皆さんは神社仏閣、史跡、公園などを大事にしている気がします。個人の墓石には大きい物はないのに、神社仏閣への寄進は惜しまない。秋田とは違う文化に触れているようで、興味が尽きません。

by shouichiro_sato | 2007-02-11 21:57 | 出稼ぎ | Comments(0)  

お腹の周りも引き締まり・・・・

 昨日に続いて、最近感じている仕事と日常生活についての話です。

 宿舎での一日の時間割は、朝食が午前6時からで、昼は宿舎で作ってくれる弁当を持参。夕食は午後の6時です。仕事の現場は様々で、隣にある会社の事務所に出勤する場合は午前8時直前に宿舎を出ればいいのですが、時には高速道路を使って2時間近くもかかる遠方に行く場合もありますから、同僚達の出発時間は毎日違います。それに夜間勤務もあり、宿舎への帰りも様々で、秋田班の全員が顔をそろえるのも週末ぐらいでしょうか。

 昨日は岐阜市内の繁華街での工事があり、午前9時に交通規制をしてから、仕事はノンストップ。通行量の多い道路だけに中途半端な状況にはできず、昼食をとったのは午後2時でした。正午を過ぎたあたりまでは作業員も元気だったものの、さすがに1時半頃になると全員が「腹が減った」と、スコップを持つ手にも力がはいりません。

 ところが、昼とは逆の時間帯で仕事をする夜間勤務の場合は、不思議にも「腹が減った」という経験はありません。夜勤の場合の私の食事は、夕食は皆さんと同じでボリュームたっぷり(もちろん、アルコール類は禁止)ですが、朝食は違います。昼間に就寝するわけですので、朝は一日の仕事が終わったという考え方で、朝のおかずに昼の弁当のおかずをプラスしたスペシャル版。朝ではありますが、食前にはビール等もいただいております。ですから一日2食が基本です。

 もともと間食はしない生活スタイルでしたが、深夜に缶コーヒーを飲むぐらいで規則正しい生活となり、体調管理も万全。充分な食事と身体を動かす(特に歩くことが多い)仕事で、お腹周りも引き締まってきました。身長に対する理想体重にはもう少し減量しなければなりませんが、十年ぶりのリフレッシュ効果は抜群です。

 夜は仕事に集中できて、時間が経つのも早く感じますから不思議です。そういえば私は、「5時から男?の夜型」が好きな人間でしたね。

by shouichiro_sato | 2007-02-07 19:25 | 出稼ぎ | Comments(0)  

「柳ヶ瀬」に行ってきました

 岐阜市の夜の歓楽街といえば「柳ヶ瀬」。美川憲一さんのヒット曲「柳ヶ瀬ブルース」の舞台でもあり、全国的に有名です。今日からは、その一角にある若宮町交差点付近(片側3車線道路)の舗装改良工事が始まり、私も昼勤務で行ってきました。

 道路の交通規制は午前9時からですが、8時半頃には現場に到着し、道路事情や周囲の状況を観察。作業手順などについて確認しました。

 夜が明けてネオンが消えてしまうと、未明までは賑やかだった歓楽街とは思えません。ただ、まだ酔いから醒めていないような若者達もいれば、朝まで仕事をしていたらしいホストのグループなども歩いていて、やはり、オフィス街とはチョッと違います。しかし、そこでひと際目立っていたのが新しいコンビニに変身した「ローソン プラス」店。「青色のミルク缶」のシンボルマークは同じでも、店の看板は「サンライズカラー(日の出の色)」と「オーシャンカラー(海洋の色)」。野菜や果物も販売しており、街のニーズを先取りしているような暖かい雰囲気がありました。柳ヶ瀬の町も進化しているんですね。

 道路の両側には有料の立体駐車場(タワー方式)が多くありますが、こちらは夜のお客さんがターゲットで、日中は出入りする車もほとんど無し。通行量の多い市内の主要道路は夜間工事が多いのに、この現場は昼に作業をする理由が理解できました。

 さて、私はこれから出かけてきます。もちろん「柳ヶ瀬」ではなく、国道21号線の舗装修繕工事の現場です。作業の都合で今週は変則勤務。私は日中に続いて夜8時に再度出勤し、夜間の仕事に取り掛かります。工期は今月末で、いよいよ工事も大詰め。今夜からは、排水性合材を使った表層の舗装が始まります。

by shouichiro_sato | 2007-02-06 19:37 | 出稼ぎ | Comments(0)  

「お伊勢参り」

 古都・奈良では昨夜、新春を彩る伝統行事「若草山の山焼き」が行われ、赤い炎を背景にした興福寺五重塔の写真が朝刊に掲載されていました。2日前の中日新聞には、愛知県渥美半島の(満開の)菜の花の写真もありましたから、「雪国秋田」では想像できないほど、身近に「春の足音」を感じるこの頃です。

 さて、岐阜に帰って最初の休日。日曜には定番になっている「吉野家」で朝食の時、「天気も良いし、初詣に行こう。きょうは日本人の心の拠り所である伊勢神宮はどうだろう」と提案したところ、即座に決定。10年近く岐阜県で働いていても、まだ伊勢神宮には参拝したことがないという同僚もいて、秋田班の文科系(日曜日には指の運動や肝臓を鍛えている体育系もいます)の仲間で出かけてきました。

 宿舎から近い長良川の堤防道路に出て、川沿いに南下すること約1時間。全国ニュースにもなった長良川河口堰のところで国道1号線に入って、桑名、四日市。その後は国道23号線で津、松坂を経て伊勢市まで。折角の伊勢路ですから、一般国道で街の状況を観察しながら片道150km、3時間半の道のりです。

 ところが、宇治山田駅前までは順調だったものの、伊勢神宮(内宮)の参道に入ると2車線道路は渋滞。途中で見た伊勢高速道の出口は高速道路上まで車が止まっていました。普段は利用できる内宮前の駐車場は、許可を受けた車以外は進入禁止で、私達は「おかげ横丁」出入口付近に車を止めましたが、お客さんが多いのにはビックリ仰天。伊勢名物「赤福」の本店前から鳥居がある五十鈴川の橋までは、年末のアメ横(東京・上野)のような、身動きできない混雑です。ちょうど昼時でしたので、伊勢うどんの店には長蛇の列。さすがに日本を代表する神様だと、納得してしまいました。

 しかし、玉砂利を歩いて五十鈴川で手を清め、巨木が生い茂る参道を進むと、次第に心も穏やかになってきます。正宮の正面で参拝し、故郷の今年の平安と繁栄を祈りました。現在の御正殿は奥(右側)にあり、社の屋根には苔が生しています。20年ごとに行われる式年遷宮は、平成25年。今から約1300年前に天武天皇が定めた制度を受け継いでいる、日本の文化は素晴らしいですね。「遷宮の後にも再びお参りしたい」と思ってしまうのですから、不思議です。

 伊勢神宮の後には二見の「夫婦岩」で手を合わせ、「カエル」の像をナデナデして安全祈願。天岩戸にも参拝して、帰路は二見から桑名まで高速道路。言いだしっぺの私が終日ハンドルを握り、2時間で無事に帰館しました。

by shouichiro_sato | 2007-01-14 22:32 | 出稼ぎ | Comments(0)  

「クリスマス・イブ」

 夕方の7時頃、いつもは渋滞している交差点に差し掛かったら、青信号でスムーズに通過。普段の日曜日と違う状況でした。そうです、今夜はクリスマス・イブ。家族揃ってホームパーテイーのお宅が多いのでしょう、車の少ない夜でした。

 岐阜にいる私たち「秋田班」の10人は急遽、「日曜出勤」。平成20年の開通を目指す東海環状高速道路「西関インター(仮称)」工事現場の、車両進入口の舗装工事がありました。毎日数え切れないほどのダンプカーや生コン車が出入りするため、出口には車両のタイヤを洗浄する装置が設置されており、その周囲の舗装工事だったために、現場作業が休みになる日曜日の仕事となりました。私は4トンダンプの専属運転手で、漉き取った土砂を運ぶ担当です。

 現場監督の指示は、「きょうは日曜日。近くに民家もあるので、急がなくてもいいから静かに、ホコリのたたないように運転してください」とのこと。周囲の環境や通行車両に迷惑のかからないように、細心の注意を払っている現場でした。秋田では工事現場に入った経験はありませんから、正直なところ「何かとコストのかかる時代になったもんだ」と思いながら、運転していました。

 そして今夜は同僚と男3人で、近くの「旬彩料理」の店で和食のクリスマス。頭にサンタの帽子をつけた、和服の店員さんが歓迎してくれました。一緒の同僚は十数年も通っている顔馴染みのお店だけに、板長からの差し入れなどもあって、楽しい(年内最後の)外食となりました。
 
 宿舎へ帰ってパソコンのスイッチを入れ、日課になっている「さきがけonTheWeb」を開いたら、なんと今日から全国52新聞社の記事を集めたニュースサイト「47NEWS日本が見える」が公開されているではありませんか。各都道府県の最新のニュースが3項目づつ紹介されているほか、ホットな話題も多く、嬉しくなってしまいました。

 「朝日・毎日・読売・日経・産経」などの全国紙やNHKテレビなどのニュースサイトは「お気に入り」に登録していますが、地域ニュースを項目(見出し)で紹介しているのは朝日新聞の「asahi.com」だけ。他は都道府県名や地図から選択しなければなりません。その点、「47NEWS」は画期的なサイトです。

 私にとっては、この上ないクリスマスプレゼントになりました。そんな訳で、今夜からはデスクの前の時間も長くなりそうです。

by shouichiro_sato | 2006-12-24 22:45 | 出稼ぎ | Comments(0)  

雪が残る工事現場です

 お世話になっている会社が岐阜県下一円で仕事をしていることは以前に紹介しました。その一例に今日から遭遇しています。

 朝、6時に宿舎を出発。長良川沿いの堤防を走り、美濃市まで約50分。美濃インターから東海北陸自動車道に入り、白鳥インターへ。それから県道を走ってたどり着いたのは郡上市高鷲町の山の中。到着は7時40分でした。

 高速道路も登りばかりで、県道も八幡平アスピーテラインのような登り坂。途中、道路の端に除雪した雪があったと思ったら、やがでアイスバーンのような雪道に。かなりの標高なのでしょう。数日前に降ったという雪が残っておりました。これでは秋田の我が家と変わりありません。

 ところが周囲に目をやると、冬季国体のスキー競技会場としても有名な「ひるがの高原」がすぐそばに。雑木林の中には国産の杉材を利用した角形状の「頑丈杉ログ」を始め、カナダやロシア、フィンランドなどから輸入した様々なログハウスが建設されている別荘地帯がありました。ログハウスの建築専門業者の事務所もあり、専門誌で紹介されているような素晴らしい建物ばかりで、秋田県内では見たことがない光景でした。

 仕事は「災害復旧工事」。いわゆる凍上災害(低温や雪で道路が傷んでくる災害)です。雪が降り出してから災害復旧ではないと思いますが、「役所の仕事はこういうもんだ」という声も聞こえてきました。つい私も、「夏に査定を受けて認められても、結局、工事の発注は秋以降になってしまう」などと、分かっているようなことを話してしまいましたが、雪の季節になれば仕事の効率も悪く、次年度へ繰り越して執行できるような工夫ができないものかと思ってしまいます。

 午後5時に終わって、同じルートで岐阜の宿舎へ向かい、帰館は6時50分。雪の中にいたせいか、夕食前の焼酎(リーダーの差し入れ、『そふと新光』です)のお湯割に、ホッとため息をついた次第です。

by shouichiro_sato | 2006-12-19 21:03 | 出稼ぎ | Comments(0)  

「慰労会」が開催されました

 今夜7時から、私達がお世話になっている岐阜市の㈱市川工務店(今年1月1日現在の資本金2億370万円。従業員総数402人。)が主催する作業員の「慰労会」が、市内の料理店で開かれました。

 羽後町の田代地域では、私の親の代から多くの人達が同社に働きに来ています。そうした歴史と縁のある会社ですので、毎年、就労開始早々かこの時期に、会社が主催する歓迎会や慰労会(忘年会)が開かれていました。今夜は秋田班のみならず、青森班や岐阜県内の作業員グループ30人程が招待され、楽しいひと時を過ごしてきました。

 季節労働者(出稼ぎ)といえば、劣悪な環境下で肉体労働をしている印象になりがちですが、㈱市川工務店の場合は就労条件や宿舎も良好で、サラリーマンの単身赴任と変わりありません。バブル期には様々な建設会社を渡り歩く人もいたものの、同社の場合は同じ作業員が定着しているのも特徴です。今夜の「慰労会」でも岡部勝・取締役副社長が自ら出席され、現場作業員に感謝の言葉を述べてくれました。私が11年ぶりに岐阜に戻って来たことや、かつて副社長が部長時代に羽後町に行ったことなどを紹介いただき、恐縮してしまいました。

 いずれにしても、故郷を離れて頑張っている皆さんには私も感心してしまいます。羽後町では昭和40年代後半には、3200戸の農家から3500人もの人達が冬期間は県外で働いておりました。米作中心の暮らしでしたので、現金収入を求めて誰もが働きに出ていました。そうした努力が今までの町を支えてきたと言っても過言ではありません。その後は少子化で人口減少が続き、一方で企業誘致の成果もあって減少し、今年は300人を割っています。

 それは全県的な状況であり、県では永年継続してきた「出稼ぎ援護事業」を来年から中止す方針を決定しています。就労前の無料健康診断や東京・名古屋などで相談所の開設などを実施してきましたが、「出稼ぎ」を特別扱いする時代ではなくなったのでしょう。ただし、自分がその身になってみるとちょっと複雑な思いもしますが、県内の産業振興と雇用拡大が急務ですから、それらの施策に期待しましょう。

 それだけに、今夜の「慰労会」は有意義なひと時でした。

by shouichiro_sato | 2006-12-16 23:45 | 出稼ぎ | Comments(1)  

本格的な冬が来た

 今朝の日本列島は、この冬一番の冷え込みとか。

 朝6時30分、岐阜市内は晴れ。しかし、宿舎から約1時間かけて日中の作業現場である揖斐川町の舗装復旧工事に向ったものの、標高が高いためか途中から降り出した雨がみぞれになり、周囲の山々は真っ白な雪景色。道路にもシャーベット状の雪が残っていました。そんな訳で(1時間ほど待機しましたが)舗装作業は中止。私にとっては今年の初雪で、「いよいよ本格的な冬が来た」と実感した朝でした。

 同僚によると昨年は、数回も午前4時頃に緊急招集があって除雪作業に出勤したそうですから、雪国秋田を離れているといっても油断は出来ません。会社の事業範囲は岐阜県内一円であり、大雪で東海道新幹線のダイヤが乱れたりする関が原町もすぐ近くですし、豪雪地帯の飛騨・高山地方も含まれます。もっとも岐阜市内は普段は雪のない街ですが、長良川や揖斐川などに架かる大きな橋が多数あり、夜間に冷え込むと橋上の凍結が心配ですから、融雪剤散布の準備も必要です。

 秋田県内でも内陸では昨夜から雪が降り続き、湯沢市や横手市では25cm以上の積雪があったとか。市町村では早朝から、本格的な除雪作業が始まったことでしょう。雪国の暮らしを支える重要な仕事ですので、是非とも無事故で作業し、住民の期待に応えていただきたいと思います。さらに、高齢者世帯も増えていますから、地域内の連携を密にして協力し合い、この冬を乗り切っていただきたいものです。

 ところで、岐阜市内は夕方になって冷たい風が吹き出し、時折小雨のぱらつく天気になっています。今週も夜間勤務であり、今は予定通りに作業ができるか、連絡待ちの状況です。

by shouichiro_sato | 2006-12-04 16:31 | 出稼ぎ | Comments(0)