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2008年 08月 29日 ( 1 )

 

出馬表明

f0081443_14235355.jpg きょう午後1時30分から秋田県庁で記者会見を開き、私が来春の秋田県知事選挙に立候補する決意であることを、正式に表明しました。

(写真・県庁記者クラブの会見室にて)

 出馬を決意した経過や政策などについては次のような所信(コメント)を発表していますので、全文を紹介します。尚、記者会見には「秋田、これでいい会?」会長の山村巌さん(秋田市)、同副会長の土田章悟さん(大潟村)、「佐藤正一郎後援会」会長の佐藤正夫さん(羽後町)、「元気な秋田を創る女性の会」副会長の斎藤ひろ子さん(羽後町)、佐藤正一郎ファンの青年たちから石岡大輔さん(秋田市)に同席していただきました。


  
  《 来春の「秋田県知事選挙」に立候補します 》 

                                平成20年8月29日
                                秋田県庁記者クラブ・会見室にて


 私、佐藤正一郎は現職の任期満了に伴い、来年3月に告示される次回の秋田県知事選挙に、立候補することを決意致しました。

 私は生まれ育った羽後町で農業に従事しながら、羽後町議会議員を11年余り務めた後、平成7年6月から17年3月まで、羽後町町長の職にありました。この間、「人が輝き、人が活きる町づくり」を目標に町政を推進し、農業を中心とする産業振興や福祉と教育の向上、魅力あふれる自立の町づくりに努力して参りました。

 町長在任中の平成17年3月31日、私は閉塞感が漂う秋田県を変えたいという強い思いをもち、特に、知事が主人公の県政から県民が主人公の県政に、中央集権の県政から地方分権の県政に、一極集中の県政から地域を活かす県政にしたいと考え、自らの浅学非才を省みず、県政刷新をめざして秋田県知事選挙に立候補致しました。しかしながら、20万票を超えるご支持をいただいたものの、私の力不足で当選することはできませんでした。

 それ以来、私は知事選挙を機会に発足した確認団体である「秋田、これでいい会?」と従来からある佐藤正一郎後援会の支援を得て、県内をくまなく行脚するとともに、冬期間は岐阜県で働くなど、様々な角度から一県民として秋田県の現状と課題について見つめてきました。

 その結果、今日の秋田県は人口減少や過疎化が他県よりも著しく、産業や経済も低迷し、さらには県の自立さえ危うい、先行きが不透明な状況になっていると感じています。県経済は停滞しており、特に食糧の安全安心を確保し、秋田の環境と文化を維持・発展させるのに欠かせない基幹産業である農林水産業については、所得の低下と担い手不足が深刻であること。若い人たちが秋田で暮らしたいと思っても、活躍できる職場が少ないこと。県の内外で様々な格差が拡大しているにもかかわらず、地域の自立に向けた意気込みが弱いこと。国と地方の役割分担や財源配分が明確にならないまま「道州制導入」の論議が先行しており、誇りうる郷土・秋田の将来がどうなるのか心配なことなど、秋田県の状況はますます厳しくなっていると言わざるを得ません。

 こうしたことから、県民の皆さんが愛する秋田県をなんとかよみがえらせたい。特に東北でも最下位になっている農業総生産額を上位に復活させるなど、県勢を再生したい一念で、再び知事選挙に立候補し、「秋田県のもつ豊富な地域資源を活かし、県民の英知と力を結集して、秋田で暮らす幸せを実現していく役割を担いたい」と、決意いたしました。

 私の基本的な政治姿勢は今までと同様に無所属であります。何事にも県民・庶民の目線で臨む「県民党」の立場です。ただし、各政党や政治団体はそれぞれの政治信条に基づいて「県民の暮らしを豊かにしたい」という目的で頑張っていますから、できることは連携していきたいと思います。「県民みんなが主人公」であることを忘れず、自らを律して利益誘導は許さず、情報公開を充実して県民が積極的に参画できるよう、公正かつ透明、対話と協調による運営を行います。

 公約とする政策については、「農業の再生」「雇用の拡大」「医療の充実」など喫緊の課題とともに、資源の宝庫である秋田県の優位性を活かし、食糧やエネルギーの供給基地、対日本海貿易の拠点にするなど、日本の中の秋田、世界の中の秋田という、将来を見据えた構想について、きょうの立候補表明を機会にさらに県民の皆さんの参画を求めて検討を重ね、12月頃を目途にマニフェストとしてまとめ、発表いたします。

 例えば、食糧自給率を向上させ農業の担い手を確保するために、水田農業の所得向上を実現するアクションプラン。新しいエネルギー開発と循環型社会を支えるリサイクル産業、特色あるものづくり産業の振興。企業誘致に加え文化・交流などによる新しい産業の創出。少子化時代だからできる30人学級編成など、教育環境の充実。長寿社会を支える医療・福祉とバリアフリーの拡充。中国やロシアなどとの物流の拠点となる施設、交通体系ネットワークの整備。女性の社会参画をさらに進める方策などを盛り込み、市町村の特性を活かした町づくりと一体になって、秋田県を覆う閉塞感を取り払っていきたいと考えております。

 さらには、秋田県の未来を担う若い人たちが夢を語り、その実現に向かって一生懸命に努力できるよう、しっかりとサポートしていきたいと考えます。私自身にとっても青年時代に体験した多くの出会いが今日の基盤になっているように、若者に夢を与え、秋田を興す原動力として頑張ることができるよう、私自身が若者たちの応援団長になりたいと思います。

 もっとも、県の財政事情は逼迫しており、さらなる事務事業の見直しと事業効果の検証を進め、機構改革を含む行財政改革を積極的に行う必要があります。その上で重要なことは、県民への世話活動に徹する職員の意欲を引き出し、一丸となって県政課題の解決に努力していくこと。県民の皆さんの期待に応え、夢を提供していくことです。格差が拡大してきたハンディを逆手にとって、今こそ地方が自立していくチャンスととらえ、国に対しても地方分権の推進と財源移譲を積極的に働きかけるなど、秋田県の自立を目指して努力してまいります。

 私は昨年、「秋田わか杉国体」に競技団体代表として関わりましたが、開催地では住民がそれぞれの立場で協力して大会運営に努力し、多くの出会いと感動に包まれた「国体」にすることができました。国体の開催が決まってから、県と市町村、県体育協会、それに各競技団体が連携し、競技力向上のために指導者を招聘して選手の育成を図るなどした結果、夢に見た天皇杯と皇后杯を獲得できたことは、秋田県民の人情あふれる豊かな県民性と、内に秘めたる底力が発揮された成果だと思っております。このように目標を定め、県民の英知を結集すれば、困難な課題も乗り越えられると信じております。

 私は農業と農村社会の中で育ち、地方自治の現場で住民の暮らしを守ってきた経験があります。その上、様々な異業種体験をしてきましたから、一生懸命に頑張っている県民の皆さんの苦労や悩みも理解しているつもりです。私は多くの県民の皆さんや秋田県を愛する人々とのネットワークを活かし、「県民が主人公」であることを心に刻み、恐れず、怯まず、真正面から全力で頑張ってまいります。

 廃藩置県によって秋田県の名称が使用されたのは明治4年7月14日。新暦では8月29日で、きょうが秋田県にとって137年目の誕生日です。昭和40年に制定された「県の記念日」もきょうで44回目となりました。そうした節目に、「元気な秋田を創造する」ために私自身が再度、来春の知事選挙に出馬する決意をしたことを、ここに表明させていただきます。


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 上記の出馬声明を発表後、記者の皆さんからは「政党との関係は?」「政策の争点は何か」「寺田県政への評価」などについて、様々な質問をされました。これらの内容については後日に報告いたします。

by shouichiro_sato | 2008-08-29 16:34 | 政治活動 | Comments(0)