きょうの「町立羽後病院」
2007年 01月 24日
父の容態は適切な町立羽後病院(佐藤眞院長)の対応もあって意識レベルも回復しつつあり、手足の感覚も戻り、会話ができるまでになりました。病気そのものは、82歳の高齢でもあり対処療法にも限界がありますが、快適な環境の病院に来て父もホッとしているようです。有難いものですね。
そんな訳で2日続けて病院通いをしていましたら、久しぶりに多くの町民の皆さんと会うことができました。その一人のNさんは元役場職員。5年前に脳卒中で倒れて救急車で羽後病院に搬送されたものの、すぐさま横手市にある県南の基幹病院・平鹿総合病院に移って手術。素早い病院間の連携で命をとりとめ、今では元気な毎日を過ごしています。今日は定期健康診断の日で、最新設備であるマルチMRIの待合室にいました。
「たいしたもんだな、この機械は。頭の中が全部見えるから、たいしたもんだ。いい病院にしてもらって、エガッタなや。」と話してくれました。病院改築とその後の医療体制整備に関わった一人として、町民の皆さんに喜んでもらえることほど、嬉しいことはありません。お医者さんも看護師さんも、それを支える事務方も患者さんやご家族の皆さんに喜んでもらいたい一心で頑張っていますから、こうした話を聞くと私まで晴れやかな気持ちなりました。
22日(月)には、NHK秋田放送局の午後5時10分からの番組「テレビこまち」で、今から21年前の羽後病院の医師の日常を追った「こまちアーカイブス・豪雪の町診療記」が放送されたと知らされました。現在も羽後病院で頑張ってもらっている藤原克三先生(当時・副院長)が、鞄を片手に雪道を往診している姿が紹介されていたようです。こうした地域に密着した医療が今も受け継がれていることで、私は病院への信頼がさらに高まっているのだと感じました。
病床の父も主治医の先生とようやく話ができるようになり、「松田先生だ・・が」と笑顔を見せ、涙を流していました。父の安堵した表情に、私も嬉しくなりました。
by shouichiro_sato | 2007-01-24 22:38 | 羽後町 | Comments(0)