「代理出産」に思う
2006年 10月 16日
代理出産について多くの問題提起をし、実例を公表してきている長野県の諏訪マタニテークリニックの根津八紘院長は15日、東京都内で記者会見し、がんで子宮を摘出した(子供が産めない)娘夫婦の卵子と精子を体外受精し、娘の母親が代理出産していたことを発表しました。子供が欲しくても産むことができない女性に門戸を解放したいという根津院長の一貫した姿勢は、日本産科婦人科学会の会告(指針)とは異なりますが、現実には「少なくとも100組以上の日本人夫婦が米国で代理出産で子供を得ている」と報道されていますから、法律が作られた頃からの社会の変化や不妊治療医学の進歩によって、指針の見直し(新しいルール作り)が必要になってくるのは当然のことでしょう。
私の知人にも不妊治療を続けている人が何人かいます。「子供が欲しい」と願っても授からず、多くのお金と時間を費やしてきました。急激に進む少子化が社会問題になってからは、産みたいという人をサポートする社会の仕組みづくりも重要な課題になってきました。法律や専門的な見解は不変なものであるべきか、それとも時代とともに変遷すべきか、どうでしょう。
平成12年12月に旧厚生省の専門委員会は、基本的な考え方として①生まれてくる子の福祉を優先する、②人を専ら生殖の手段として扱ってはならない、③安全性に十分配慮する、④優生思想を排除する、⑤商業主義を排除する、⑥人間の尊厳を守る、の6点から「代理懐胎を禁止する」という報告書をまとめています。
しかし東京高裁は、「子の福祉を優先すべきだ」として、実子としての届出を認めました。禁止の場合の最初の理由も「子の福祉」です。私は、「子供が欲しいという希望を叶えてあげたい」ものだと思います。
by shouichiro_sato | 2006-10-16 22:08 | 社会・話題 | Comments(0)