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故浅野梅若さんの葬儀に参列

 民謡界の大御所で、民謡大国「秋田」を築いた日本民謡梅若流連合会宗家、故浅野梅若さん(勲五等雙光旭日章)の同連合会と浅野家の合同葬儀が、今日、午前11時から秋田キャッスルホテルで行われました。

 梅若さん(本名・浅野保二)は明治44年、由利郡大正寺村神ヶ村(現秋田市雄和)に生まれ、18歳頃から本格的に三味線を習い、29歳で浅野梅若を名のり、以来、旺盛な研究心とひたむきな情熱で、今日の秋田民謡の基礎を築いてきました。内弟子志願者も多く、NHKのど自慢全国大会や各民謡大会で優秀な成績を修めた人達が50人以上。その功績で、日本民謡協会最高栄誉である名人位、秋田市文化章、秋田県文化功労者などの表彰を受けています。今月4日未明、95歳と半年の生涯を閉じました。

 葬儀には県内外の民謡関係者を始め、故人に縁のある人たち400人余りが参列しました。私も、我が家(羽後町上到米)の前にある唐松神社の祭典奉納余興に、浅野梅若さん一行が度々招かれ、その際の控え所や楽屋に家の座敷が使われていたご縁で、今まで公私にわたってお世話になってきましたので、是非ともお礼を申し上げたく、出席しました。

 読経、ご焼香に続いて、ABS秋田放送取締役相談役・小山幹朗氏、秋田県民謡協会理事長・佐々木實氏、元衆議院議員・川俣健二郎氏ら6人が故人の功績や人柄を称える弔辞を奉げました。そして、孫の浅野江里子さんが遺影の前で、梅若さんが民謡と三味線に興味を持つきっかけとなり、自らも全国大会で優勝した「本荘追分」を献唄。梅若梅清さんら一門の伴奏で会場に響く素晴らしい梅若流本荘追分に、私も目頭が熱くなり、涙を禁じえませんでした。

 そして、この春(ご家族に囲まれてお酒を楽しまれた時らしい)梅若さん自身が歌った、「飴売り節」の替え歌と「大正寺音頭」が紹介されると、95歳とは思えないユーモアあふれる歌詞と張りのある声が響き、会場にはほのぼのとした空気が満ち溢れました。生前の最後の録音とのこと。正に、「芸人には定年がありません」の言葉を口癖にしてきた、梅若さんらしい葬儀でした。

 NHK秋田(テレビ)とABS秋田放送(ラジオ)ではお盆の13日、追悼番組を放送します。私も、今年のお盆は先祖の御霊とともに、秋田が生んだ「三味線一代、師匠、民謡のお父さん」を偲びたいと思います。有難うございました。合掌。

by shouichiro_sato | 2006-08-09 18:45 | 今日の出来事 | Comments(0)  

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