「秋田地域力向上戦略会議」に期待する

 先週の8日、官民一体となった横断的な取り組みで、秋田の総合的な活性化をめざそうと、「秋田地域力向上戦略会議」が発足しました。県内の観光、旅行、運輸、建設、貿易、金融、食品、情報、農業など37の経済・業界団体代表。これに大学、行政7団体がオブザーバーとして参加する、秋田では今までに例のない画期的な会議です。呼びかけたのは秋田商工会議所で、会長には渡邉靖彦・同会頭、副会長には新開卓・秋田銀行頭取と佐藤暢男・秋田魁新報社社長が就任しました。

 県民所得をはじめ人口減少、地価の下落率などの経済・社会指標が全国下位に甘んじていることから、「このままでは秋田がますます遅れをとってしまう、という危機感をもつべきだ」(渡邉会長)として、個々の団体が実施している各種施策の調整を行い、集中的かつ効率的な投資や事業展開につなげていくといいます。閉塞感が漂う秋田県に、民間の力で風穴を開けることが出来るよう、大いに期待したいと思います。

 ただ、会議では「魅せる秋田づくり」「元気な企業づくり」「躍動するまちづくり」を戦略に掲げ、具体的には◇観光客誘致◇歴史・文化の普及◇企業の県外進出促進◇インターネットを活用した市場開拓◇中心市街地の活性化ーをテーマとした5つのプロジェクトを順次立ち上げることを確認していますが、県や市が取り組んでいる総合発展計画とも似ているようで、どうやって民間の特色を出していくのか、注目されます。県内を代表する錚錚たる顔ぶれの会議ですので、事務局を担当する同商工会議所の内部組織にとどまることなく、形式的ではない、利害関係を超えた実践組織になるように、努力してもらいたいものです。

 お盆休みを利用し、私の周りにも多くの若者たちが帰省しています。少子化で若者の数は極端に少なくなっていますが、一方ではまだまだ就職難。故郷に残りたくても、残れないのが現実です。それ故に、秋田の「地域力向上」は喫緊の課題です。未来ある若者たちに生甲斐をもてる職場を提供することは、経済界で活躍している先輩たちの責任でもありますから。 

# by shouichiro_sato | 2006-08-14 17:35 | 産業振興 | Comments(0)  

木造校舎の「旧田代小学校」が解体されています

 「残暑お見舞い申し上げます」 
 
 暑い日が続いていますが、暦の上では立秋も過ぎ、いよいよお盆ですから、これからは朝夕、涼しくなることでしょう。

 帰宅後、夕食まで時間があったので、気になっていた「旧田代小学校」の解体現場に行ってみました。少子化の影響で羽後町田代地区の田代、軽井沢、上到米の3小学校が統合し、新しい「田代小学校」が旧軽井沢小学校の校舎を使って開校したのが一昨年春。上到米の校舎は高齢者福祉の施設に改造されることになりましたが、田代の校舎は木造であったことと、すぐ近くに高瀬中学校の施設があることから、この夏、解体されることに決まっていました。

 先月から始まった解体工事は、基礎コンクリートや廃材を片付けるまで進んでいました。校舎の隣に住む阿部則夫さんによると、「大きな機械で壊されるときには、校舎から悲鳴が聞こえてきて、涙が出てきた」とのこと。私も、町長として学校統合を推進してきたものの、今は瓦礫の山となった場所に立って、何とも複雑な気持ちでした。

 それでも、校舎は解体しますが、校庭や周辺には手をかけないことにしています。学校建設当時の事情により、土地の所有権が明確になっていないため(現在、町と名義人とで協議中)、跡地利用の計画がありません。そのために、校舎の周りにある桜の木などは、今のところそのまま残すことになりました。実はこの桜、写真集「秋田の桜」(発行・無明舎、文・永井登志樹、写真・小阪満夫)の表紙に紹介されたほどの素晴らしい桜です。特に今年は、校舎の解体を惜しんでか、かつて無いほど花をつけ、それは見事なものでした。5月の連休に還暦を迎えた卒業生有志が集まって、満開の桜の校庭で行った同級会の模様は、NHKテレビでも放送されています。

 今日あたりからお盆の帰省ラッシュが始まり、田代にも多くの人が帰ってくることでしょう。故郷を離れて暮らす人達が、帰省した時に家族を連れて訪ねた自慢の木造校舎。今年はその学び舎が消え、申し訳ない気持ちもあります。しかし、今度は別の形で「元気な故郷」を創造し、喜んでいただきたいと、決意を新たにしたところです。 

# by shouichiro_sato | 2006-08-11 22:39 | 羽後町 | Comments(0)  

故浅野梅若さんの葬儀に参列

 民謡界の大御所で、民謡大国「秋田」を築いた日本民謡梅若流連合会宗家、故浅野梅若さん(勲五等雙光旭日章)の同連合会と浅野家の合同葬儀が、今日、午前11時から秋田キャッスルホテルで行われました。

 梅若さん(本名・浅野保二)は明治44年、由利郡大正寺村神ヶ村(現秋田市雄和)に生まれ、18歳頃から本格的に三味線を習い、29歳で浅野梅若を名のり、以来、旺盛な研究心とひたむきな情熱で、今日の秋田民謡の基礎を築いてきました。内弟子志願者も多く、NHKのど自慢全国大会や各民謡大会で優秀な成績を修めた人達が50人以上。その功績で、日本民謡協会最高栄誉である名人位、秋田市文化章、秋田県文化功労者などの表彰を受けています。今月4日未明、95歳と半年の生涯を閉じました。

 葬儀には県内外の民謡関係者を始め、故人に縁のある人たち400人余りが参列しました。私も、我が家(羽後町上到米)の前にある唐松神社の祭典奉納余興に、浅野梅若さん一行が度々招かれ、その際の控え所や楽屋に家の座敷が使われていたご縁で、今まで公私にわたってお世話になってきましたので、是非ともお礼を申し上げたく、出席しました。

 読経、ご焼香に続いて、ABS秋田放送取締役相談役・小山幹朗氏、秋田県民謡協会理事長・佐々木實氏、元衆議院議員・川俣健二郎氏ら6人が故人の功績や人柄を称える弔辞を奉げました。そして、孫の浅野江里子さんが遺影の前で、梅若さんが民謡と三味線に興味を持つきっかけとなり、自らも全国大会で優勝した「本荘追分」を献唄。梅若梅清さんら一門の伴奏で会場に響く素晴らしい梅若流本荘追分に、私も目頭が熱くなり、涙を禁じえませんでした。

 そして、この春(ご家族に囲まれてお酒を楽しまれた時らしい)梅若さん自身が歌った、「飴売り節」の替え歌と「大正寺音頭」が紹介されると、95歳とは思えないユーモアあふれる歌詞と張りのある声が響き、会場にはほのぼのとした空気が満ち溢れました。生前の最後の録音とのこと。正に、「芸人には定年がありません」の言葉を口癖にしてきた、梅若さんらしい葬儀でした。

 NHK秋田(テレビ)とABS秋田放送(ラジオ)ではお盆の13日、追悼番組を放送します。私も、今年のお盆は先祖の御霊とともに、秋田が生んだ「三味線一代、師匠、民謡のお父さん」を偲びたいと思います。有難うございました。合掌。

# by shouichiro_sato | 2006-08-09 18:45 | 今日の出来事 | Comments(0)  

話題の多い「西馬音内盆踊り」

 6日の日曜日、羽後町西馬音内の中心部で、国指定重要無形民俗文化財「西馬音内盆踊り」の藍染や端縫い衣装を一斉に陰干しする、「藍と端縫いまつり」が開かれました。

 西馬音内盆踊りまちなみ推進協議会(佐藤良友会長)が、優雅な衣装の文化や歴史に触れてもらおうと、平成12年から開催しているもので、今年は約100軒の民家や商店が参加。玄関先や座敷、店先、蔵の中にはそれぞれ特色のある浴衣や端縫いが飾られ、各家々に自由に出入りできるとあって、多くの観光客で賑わいました。

 中でも、商家の建築様式で歴史のある「黒澤家」「柴田家」「佐藤家」「利家」などには、江戸時代から伝わる藍染浴衣や生絹の端縫いが展示され、訪れた人達からは驚きの声が上がるほど。また、ポスターや写真集のモデルにもなっている踊り手がいる「阿部家」「矢崎家」「和賀家」などでは、大きな写真も展示されており、「この衣装で踊っていたんだ。綺麗だネ~」と、見とれる人たちがいっぱいでした。

 嬉しいことに、西馬音内盆踊りは年々観光客も増えています。特に最近は、踊りの衣装に関心のある専門家の訪問が多くなっています。この日も仙台、東京からの団体バスツアーがあった他、前日からの泊り客で町内の旅館は満室。酒田市の外国人グループや京都から日帰りの強行日程で来たご婦人もいて、ビックリしてしまいました。店先には、地元の女性の皆さんによる記念グッツもたくさん完成しており、土産品を探すもの楽しみになってきました。

 そうした人気にあやかってか、仙台市民の有志が実行委員会を組織し、市内の公園で今月12日から2日間、「西馬音内盆踊り」と銘打ったイベントを開催する計画があると聞いて、地元の関係者はビックリ仰天。地域の伝統行事が流出しかねないと心配しました。しかし、平成15年3月、西馬音内盆踊り実行委員会の事務局長が、「勝手に西馬音内盆踊りの名称を使われないように」と、商標登録をしてありましたので、この計画は白紙撤回になり、昨日、仙台の関係者が来町して平謝り。事なきを得ています。

# by shouichiro_sato | 2006-08-08 16:03 | 羽後町 | Comments(0)  

長野県知事選挙、田中康夫氏敗れる

 任期満了による長野県知事選挙は6日に投票が行われ、即日開票の結果、現職で3選を目指した田中康夫氏(50)が元自民党衆議院議員の村井仁氏(69)に敗れ、何かと話題の多かった田中県政は、2期6年で幕を閉じることになりました。

 田中さんは初当選以来、「脱ダム宣言」を旗印に公共事業の見直しを大胆に実践し、全国で唯一、県の借金(県債残高)を5年連続減らすなどしたものの、県政改革は行き詰まり、県議会や市町村長との対立は解消されず、後援会の有力支援者が離反し、頼みとした無党派層の支持も激減した、と報じられています。投票率も65.98%と、前回を7.80%下回りました。

 私も町長在任中、長野県の町村を会場にして開かれた「小さくても輝く自治体フオーラム」で、三度ほど田中さんと話したことがあります。トレードマークのヤッシー・マスコット(カモシカ)を胸につけ、豊富な語彙を駆使した独特の話し方は、今までに経験したことのないタイプの方でした。ただ、同行している県職員への対応などを見ていると、「個性が強すぎて、強引な人だなあ」との印象がありました。

 ここ10年ぐらいの選挙・政治状況を見ると、個性的な改革派が目立ちます。「自民党をぶっ壊す」として登場した小泉総理がその筆頭でしょう。改革の名の下に、知名度や話題性のある候補者が人気を集めてきました。がしかし、その後を冷静に振り返ると、三位一体改革は地方を苦しめ、国民生活でも「勝ち組、負け組」の格差が拡大してきたり、小泉さん個人の思想信条を強調するあまり、近隣諸国との関係が悪化してくるなど、わが国の蓄積してきた「よいところ」が、崩壊しつつあるような気がして心配です。ただ、「次の自民党総裁選には出馬しない」としているために、国民の関心は次期総理の政治姿勢や政策に移ってきています。当然です。

 秋田県も同じです。食糧費問題で引責辞任した知事の後継に、当時の県総務部次長だった候補者を擁立したことが県民の批判を浴びて、現在の寺田知事が誕生し、再選、3選と県民の支持を得て「改革」を進めてきましたが、県勢は低迷しています。政策では県立国際教養大学の開設や秋田市南ヶ丘ニュータウン構想などで、県議会との対立もあります。そうした一方で、当初の公約では建設コストを縮減して1兆円未満に抑えるとした県債残高は増えるばかり。既に1兆2千億円を超えています。

 寺田さんも昨年の選挙では「今期限り」と言明しました。政治の世界は時間を区切ってしまうと、優勝が決まったプロ野球の消化試合みたいで興味がなくなります。しかし、あと2年半ありますから、「全力疾走・全力プレー(昨日開幕した全国高等学校野球選手権大会の選手宣誓の一節を引用しました)」で、県民の熱い期待に応えていただきたいと思います。

# by shouichiro_sato | 2006-08-07 12:48 | 国政・時事 | Comments(0)  

秋田の誇り「竿燈まつり」

 3日から6日まで開催されている「秋田竿燈まつり」。昨日は堪能させていただきました。

 まず昼の部。通町で行われている「竿燈妙技会」は、予選の初日とはいうものの、熱気ムンムン。個人・団体演技とも実に素晴らしく、竿燈をあげるには卓越した技術が必要であることを示していました。時折吹く強い風にも負けず、上手にバランスをとりながら竿を継ぎ足し、何と6本にもなるグループも。その上、両手に番傘と扇子ですから見事というより言葉がありません。演技中の勇ましい竿燈ばやしは笛1人と太鼓2人。凛々しい姿の秋田美人が囃したて、逞しい秋田の男衆が妙技を披露する度に、拍手喝采の連続でした。

 決勝戦は6日、楽しみです。地域の行事があって私は秋田に来ることはできませんが、皆さんには是非ともお勧めします。

 そして夜の部。交通規制のため歩道で待っていたお客さんも6時40分頃には観覧席につき、民謡の手踊りがあっていよいよ祭りの始まりです。竿燈が入場し、佐竹秋田市長の歓迎の挨拶では、最後に英語でのスピーチもあり、会場からは歓声が上がりました。私は全体の様子も見えるように、交差点近くの歩道の最前線でしっかり鑑賞しました。さすがに、提灯に蝋燭の火が燈ると雰囲気も一変し、大小多数の竿燈が揺れる様子は見事でした。子供たちから若者・大人たちまで、揃いの半纏のいでたちは誇らしく感じられ、見ている私たち以上に楽しそうで、羨ましいかぎりです。

 ところが、いよいよクライマックスの頃に知人から電話。言われるままに山王の町内に移動しました。待つこと30分。そうしたらお囃子が聞こえてきたのです。戻り竿燈と言うのでしょうか、町内での演技が始まりました。「新川向町」の提灯です。あっという間に町内の皆さんの人だかりができて、家族や知人たちの妙技に大歓声。竿燈大通りとは違う祭りの楽しさに触れることができ、感謝、感謝です。

 梅雨が明けて、ようやく暑い夏になりなした。天気も当分良さそうですので、「竿燈まつり」はもとより、今日から始まる湯沢市の「絵どうろうまつり」など、関係者の表情も明るいことでしょう。なによりです。今夜の私は羽後町五輪坂にある特別養護老人ホーム「松喬苑」の盆踊りです。施設利用者の皆さんに楽しんでもらおうと、25年以上前の開設当初から、西馬音内盆踊り保存会の皆さんが本番さながらに行っています。そして明日は「藍と端縫いまつり」、西馬音内の街が一日だけの美術館に変身します。どうぞご来遊下さい。

# by shouichiro_sato | 2006-08-05 11:41 | 秋田県 | Comments(0)  

一日中、草刈に汗を流しました

 私の家業は農業です。しかし、11年前に町長の仕事についてからというもの、主要な農作業を隣家の従兄に委託しています。水稲育苗用のハウスも2棟ありますが、今年はその一つ(60坪のハウス)で、従兄が夏採りイチゴの試験栽培を行っています。

 真夏のこの時期に「イチゴ?」と思われるかもしれません。しかしながら、東京の有名なケーキ屋さんの店頭には年間を通して必要なイチゴのショートケーキ。日本で収穫できなければ、外国から輸入されるほど貴重なものです。夏でも冷涼な気候で、昼夜の温度差が大きい我が家の地域は、6月から7月のイチゴの端境期に収穫できることから、湯沢市秋の宮などと共に県内の産地になっていますが、真夏の8月に収穫することは今まで例がありませんでした。それが今、春に定植したイチゴは実が赤く色づき始めて、ハウスの中もあま~い香りが漂っています。

 ところが、試験栽培中ということもあり、このところ指導機関の視察や栽培者仲間の見学が多くなって、我が家の畑も多くの人の目に晒されることとなってしまいました。本来、自家用の畑は70歳を超えても元気な母親の担当でしたが、この春に入院したこともあり、従来の半分ほどの面積しか作付けされていません。あとは草が伸び放題。その傍にハウスがありますから、さあ大変です。

 そこで今日は一日中、畑や家の周りの環境整備(草刈や除草)に努めました。愛用している青いツナギ服(年中この格好です)で作業しましたが、梅雨が明けたとあって当地も30度以上の暑さとなり、全身汗びっしょり。久しぶりに気持ちのいい汗をかきました。(勿論、作業終了後は一番風呂と缶ビール)農業後継者の「面目躍如」です。

 地域ではこのあと、6日の早朝に集落内の道路環境整備(路肩の草刈)を地域の皆んなで行い、それから墓地の草刈。いよいよお盆を迎える準備が始まります。

# by shouichiro_sato | 2006-08-03 23:03 | 今日の出来事 | Comments(0)  

「しっかりしてください」

 失礼ながら、「一体、何をやっているんだ」と思ってしまいました。

 厚生労働省の「がん診療連携拠点病院」に、秋田県が推薦した13病院すべてが指定を見送られたことは、先月29日の新聞で知っていましたが、昨日の記者会見で寺田知事は「見通しが甘かった」として、10月まで再推薦する意向を示したことについてです。厚生労働省は平成13年度から、医療サービスの地域間格差を是正するため、各都道府県に1ヶ所のがん拠点病院と、全国を370程度に分けた二次医療圏ごとに1ヶ所の地域がん拠点病院の整備を目指しています。今年2月には、がんの専門医の人数や相談支援センターの設置などの、指定要件を明確にした新たな指針をつくっており、28日に開かれた厚生労働省の検討会では、「秋田県が十分な調整や検討を行ったか疑問」との声があったことも報道されていました。

 指定漏れの理由には、二次医療圏で複数の施設が推薦されたり、指定要件を満たしていない施設があったりと、推薦以前の候補選定に問題があったようです。県内唯一の特定機能病院である秋田大学付属病院も指定から漏れていますから、「一体、県当局は何をやっているの?」と言いたくなってしまいます。かつては脳卒中などの成人病克服のために、脳疾患の研究と手術・治療で全国に名をはせていた本県の医療ですが、今日、最も注目されているがん医療の体制についてこのような状況では、これからが心配です。

 県立病院の少ない秋田県では、このところ、厚生連の病院改築に県負担を増額し、積極的に施設整備を進めていますが、一方ではそうした病院でも医師不足が慢性化してくるなど、医療の充実とかけ離れた現実があります。「ハコ物造っても魂入らず」では困ります。「それぞれの大学や病院の問題だ」としないで、知事を始めとして県庁の健康福祉部の皆さんには、県民の命と健康を守っていく使命感に燃えて、頑張っていただきたいと思います。

 尚、がん拠点病院はこれまで空白県だった山梨、長野、京都、広島、鹿児島の5府県で解消され、残る所は兵庫県と秋田県のみ。東北の各県は昨年度までにすべて指定されていました。

# by shouichiro_sato | 2006-08-01 21:57 | 秋田県 | Comments(0)  

「会員の集い(ビアパーテー)」を開催

 今日午後3時から、秋田市有楽町のドリームワールド(プレイタウンビル2階)で、「秋田、これでいい会?」の会員の集いが開催されました。月末の日曜日、何かと地域の行事が多い中で50名ほどの会員が集まってくださり、私にとって、有意義で楽しい時間を過ごすことが出来ました。

 山村巌会長の開会の挨拶に続いて、外務副大臣・金田勝年参議院議員から、心温まる激励のスピーチをいただき、私も昨今の県政について「低調な県政、これでいいかい?」のテーマで30分ほど話を致しました。子育て支援のために新たな県民負担を求めることへの疑問。企業誘致が進んでも離職率が高い状況。農業県と言いながらもその生産高が東北最下位にあることなど、低迷する県勢の状況は変わっていないことを報告させていただきました。

 さらに、豪雪時の事故や藤里町の事件などから、秋田の安全・安心が崩壊しつつあり、今こそイメージアップに取り組む必要があること。秋田の持っている素晴らしい魅力を、私たち自身が自覚すること。一周遅れでもトップランナーになれるよう、他県の様々な取り組みから学ぶこと、などを提案いたしました。そして最後に、「県庁にしろ市町村役場にしろ、謙虚に住民の意見に耳をかたむけ、むしろ、そうした住民・県民の知識や経験を活かすため、公僕の皆さんが積極的に現場に足を運ぶことが大切である」と強調しました。

 4時過ぎからは皆さんとの懇談会。盛夏にふさわしく、ビアパーテーです。山村会長自ら、秋田歌唱演奏愛好会の皆さんとのハワイアンバンドで、懐かしい名曲の数々をご披露。城南亭鶴亀さんの手品や矢崎正一郎さんの南京玉すだれ、佐藤充治さんの民謡などもあり、賑やかなで、素敵な集いとなりました。皆さん誠に有難うございました。

 選挙の際の出会いは短時間でありましたので、今日は、久しぶりに多くの皆さんと話をする事が出来ました。そして、皆さんのお話を聞かせてもらうと同時に、私自身を知っていただく時間と場所が大切であることも、あらためて認識したひと時でした。準備に奔走された皆さん、進行役の阿部敬さんにも重ねて感謝申し上げます。有難うございました。

# by shouichiro_sato | 2006-07-30 23:23 | 政治活動 | Comments(1)  

県議選告示まで、あと8ヶ月

 与党のプロジェクトチームは、来年春に行われる統一地方選挙の日程について、知事や県議会議員選挙は4月8日を投票日とすることで合意したと報じられています。秋田県では県議会議員が任期満了となりますので、そのまま決まれば、3月30日告示。いよいよ8ヵ月後となりました。

 6月定例県議会終了後、新聞紙上では現職の県議の皆さんや立候補を模索している方々の動向が紹介されるようになり、市町村合併によって選挙区も変わることから、地域では次第に関心が高まってきています。既に、北から菅原昇氏(旧大館市)、北林照助氏(旧北秋田郡)、辻久男氏(旧大曲市)、安杖正義氏(旧仙北郡)、佐藤次男氏(旧平鹿郡)のベテラン5人が勇退を表明していますが、後継者の決まったところもあれば、これから支持者と相談するところもあり、実際、各選挙区の顔ぶれが決まるにはまだまだ時間がかかりそうです。

 合併による新しい選挙区を挨拶回りしている郡部の友人(現職)によると、市街地の住宅密集地などでは、「あんたは誰よ?、なにしているの」などと聞かれて、自己紹介から始めなければならず、「まるで新人のときと同じだ」とのこと。経験豊富な彼でも、選挙区の変更によって先が読めないと、こぼしておりました。

 昨日は、民主党の小沢代表が秋田に来て、来年7月に行われる参議院議員選挙での議席を奪還すべく、党員や関係する地方議員に檄をとばしています。候補者の決定はまだ先のようですが、具体的に名前が出て候補者選びが始まれば、これまた県民の関心も高まることでしょう。

 本番の選挙運動には時間がありますが、まずは候補者選びが第一ラウンド。(老婆心ながら)
自分の経験からして、立候補する以上はそろそろ意思表示していかないと、広い選挙区では間に合わない場合があります。意欲のある方、特に新人は8月中の決意表明が必要と思います。

# by shouichiro_sato | 2006-07-28 16:52 | 秋田県 | Comments(0)