生まれ変わる飯沢小学校

 暖かい日が続いていたと思ったら一気に風雪模様。羽後町田代の自宅では今朝ほど4~5センチの積雪があり、外にある車も白くなっていました。やはり、まだまだ油断できません。

 さて、うれしいニュースです。魁新聞朝刊の地域面に、羽後町の旧飯沢小学校校舎を「体験型宿泊施設」に改修することが紹介されていました。百年以上の歴史がありながらも、児童数の減少でやむおえず隣の元西小学校と統合したのが昨年春。村や地域にとっては住民の活動拠点であり、さらには心のよりどころだっただけに、苦渋の決断をしていただきました。その時の約束が、学校施設はまだ新しい(平成元年建設)ので、何とかして地域に役立つ方策を考えることでした。

 町ではこうした計画を引き継ぎ、校舎を都市と農村を結ぶ交流施設として活用することとし、さまざまな農業・農山村体験ができる場所に整備する予算が先の3月定例議会で可決されました。もちろん、豊富な山の幸(山菜や鳥獣肉など)も食べることが出来ます。近くには国の重要文化財で県内で最も古い民家「鈴木家」もあり、そこに住む飯沢の皆さんは人をもてなすのが大好きな方ばかり。私も良くお世話になりましたし、まさに自然豊かな桃源郷ですから、オープンすれば新しい町のシンボルとなること間違いなし。楽しみです。

 西馬音内盆踊りや国体関連の行事など、町を訪れる人達は年々増えていますが、悩みの種は宿泊施設が少ないことでした。巨大なリゾートホテルや温泉地の真似はできませんが、まごころと素朴な田舎料理に癒されたい人もいるはずです。子供たちの歓声につつまれていた学校から、また元気な笑い声が聞こえてくることを期待しています。 

# by shouichiro_sato | 2006-03-29 13:18 | 羽後町 | Comments(1)  

今日から、秋田県は25市町村に

 今日から「八峰町」がスタートし、いよいよ秋田県は25市町村(13市、9町、3村)になりました。一昨年までは69市町村でしたから、平成の大合併で秋田県の自治体数も大激減。東北一の削減率と報道されています。

 自治体をとりまく財政事情や道路網の整備による日常生活圏の拡大など、地域の状況も大きく変わってきましたので、自治体再編は常に検討課題ではありますが、新しい自治体にはそれぞれの夢やまちづくり計画に向かって大いに頑張っていただきたいと思います。

 ところで、合併から1年以上が過ぎたところを見ると、いくつかの課題も顕著になってきています。規模は大きくなったものの予想以上に財政が厳しく、アメ玉といわれた合併特例債(借金)を活用できる状況にないこと。住民感情を和らげるために分庁舎方式を取り入れてスタートしたものの、あまりの不便さに1年で約束を反故にし再編するところもでてきました。首長や議員も人口の多い中心部出身者が多いこと(最初はどうしてもそうなります)。やはり、どんなにきれいごとを並べたとしても、自治体のリストラであり、地方(この場合は中心地以外のことを含んで)の切捨てになってしまうのでしょうか。

 首長や議員が少なくなっていることも心配です。確かに有能な方々は今まで以上の活躍をされるでしょうが、どうもパワーがなくなっているようです。市長は多忙でいつも代理ばかりのところもありますし、あまりに面積が広すぎて、選挙のとき以外は顔が見えないとも聞こえてきます。そうだとすれば、どんな方法でこれらの声に応えていくのか。合併ができたから安堵することなく、これからが正念場だと肝に銘じましょう。 

# by shouichiro_sato | 2006-03-27 16:16 | 秋田県 | Comments(0)  

佐々木芳郎さんも退職です

 3月末は人事異動の時期ですが、私が青春時代に最もお世話になった県庁の農業改良普及員、佐々木芳郎さんが定年退職となりました。昭和41年、湯沢農業改良普及所から始まった農業青年との付き合いは、県庁の農政部普及教育課の青少年係を担当されてから全県に広がり、農業近代化ゼミナールや青年農業者会議の活動を通して多くの仲間が育てられました。

 その一人で、ゼミの県連会長を務めた大潟村の相馬喜久男さんらの呼びかけで24日夜、佐々木さんに感謝する会が秋田市で開かれました。20代前半のことですので、集まった人たちも顔と名前が一致するまで時間のかかった人もいましたが、ゼミバス研修や民泊大会などの思い出話に花が咲き、深夜まで語り合いました。そうした出来事から30年もなるんだと思うと、感慨深いものがあります。今は亡き鈴木元彦さんをはじめ、多くの先生方との出会いがありました。恩師といえば学生時代だけを思い浮かべますが、私たちにとっては普及員の先生方は青春時代の恩師そのもの。感謝しております。

 道路改良や施設建設、福祉政策などと違って社会教育や技術指導などの分野はなかなかその成果を形で表すことが難しい一面もありますが、普及員の先生方にお世話になった多くの人たちが今の秋田の原動力となって県内で頑張っている現実は、当時の担い手育成の成果でありましょう。時代の変化とともに普及事業も様変わりしてきているようですが、今の青年諸君にも青年時代だからできるさまざまな出会いや体験をさせたいものです。

# by shouichiro_sato | 2006-03-25 11:22 | 今日の出来事 | Comments(0)  

来年は「秋田わか杉国体」です

 平成17年の人見スポーツ賞・畠沢国体賞表彰式と(財)秋田県体育協会第2回評議員会が23日、「シャインプラザ平安閣 秋田」で開かれ、私も県ホッケー協会会長として出席しました。
 
 人見スポーツ賞は国体カヌー競技成年女子で優勝した村山夏美選手(県カヌー協会)や全国高校総体陸上競技400メートルハードル優勝の清水翔吾選手(能代商高)、全国高校総体スキー男子総合優勝の鷹巣農林高校。トリノ五輪ノルデック複合団体で6位入賞した県選手3人が表彰され、畠山陽輔(秋田ゼロックス)小林範仁(東京美装)両選手は自ら出席してお礼の挨拶もされました。
 畠沢国体賞には今年の国体で優勝したスキー男子複合の湊祐介選手(日大)と陸上競技少年女子三段跳びの斎藤羽純選手(秋田南高)、団体で活躍したラグビーフットボール成年男子秋田県チーム。それに県スケート連盟、県スキー連盟が選ばれました。表彰式では一人ひとりの表情を見ていましたが、どの選手も大舞台で活躍しているとあって、さすがに頼もしい限りです。その場にいるだけでうれしくなってしまうほどでした。・・・・・・・・いいですね、スポーツマンは。これからの活躍にも期待したいと思います。

 評議員会では平成18年度予算や行事予定が満場一致で承認されました。いよいよ「秋田わか杉国体」まであと1年。競技力向上の成果が期待されますが、蒔苗昭三郎会長の挨拶も情熱にあふれており、「何としてでも県民総参加で成功させよう」という気持ちが伝わってきました。「閉塞感漂う秋田の状況を国体を通じて挽回しよう」という意見もあり、自分たちも頑張らなければならないと決意をあらたにしました。

 ホッケーは県内での競技人口は少ないほうですが、今、着々とレベルアップしています。特に成年男子は昨年の全日本社会人選手権に出場するなど注目されており、今年は東北のチャンピオンをめざしています。羽後町には本格的な人工芝のコートも完成しており練習環境も整ってきました。あとは選手諸君の精進あるのみ。雪解けも進んできましたのでいよいよシーズン到来です。応援してください。

# by shouichiro_sato | 2006-03-23 17:19 | 秋田わか杉国体 | Comments(0)  

ハラハラしながら見てました

 「王ジャパン、世界一おめでとう」 やりましたね日本。予選リーグでアメリカと韓国に惜敗した時には「もうダメだ」と思いましたが、神様はしっかり応援してくれました。メキシコが頑張ってアメリカに大勝したおかげで準決勝に進むことが出来ましたが、それ以降は何か気迫のようなものを感じました。上原、松坂両投手の素晴らしいピッチングと福留選手やイチロウ選手のここ一発にかけた執念。ペナントレースと違って見ごたえがありました。ハラハラ、ドキドキしながらも最後のバッターが三振に終わった時には「やったー」という感じです。良かったですね。

 ただ、ここまで来る間にちょっと気になる発言がありました。イチロー選手の言葉です。韓国戦に敗れた時に、「僕の野球人生にとって最大の屈辱だ」とはどういうことでしょう。勝負の世界には必ず勝ち負けがあります。相手も一生懸命に戦っているのですから、負けたことがどうして屈辱なのか理解できません。もしかしたら、「韓国に負けるはずが無い」と思い上がっていたのでしょうか。その気持ちはどこから来るのでしょうか。その点、決勝で敗れはしたものの、キューバの監督の言葉は立派だと思います。優勝した日本を称えてくれているのですから。

 野球の本場を自負するアメリカも予選で敗退するなど、開催国の思惑通りにいかないところもスポーツの楽しさであり、魅力です。何事も一寸先のことはわかりませんが、「一生懸命に頑張っていれば必ずチャンスはやってくる」と信じましょう。

# by shouichiro_sato | 2006-03-22 00:06 | 社会・話題 | Comments(1)  

澤井先生、ありがとうございました

 今春、秋田大学教育文化学部教授の澤井セイ子先生がご退職されるということで、記念の最終講義とパーテーが18日に開かれました。先生は秋田での教員生活の傍ら、様々な地域活動を通じて、秋田の男女共生推進の先駆者としてご活躍されましたが、私にとっては妻の万里子が独身時代に取材で出会って以来、先生とのお付き合いがありましたので、喜んで出席しました。

 大学3号館ー145教室での講義では、「生活研究としての家政学の立論」と題して、家政学に興味・関心を抱くようになったのはアメリカでの体験と勉強だったと紹介された後、今後の新しい方向性として、「不確かさと変化に対しての創造的な適応などについての研究・教育が必要だ」と述べ、家政学イコール家事・裁縫(技術)ではなくなったことを強調されました。現在も国際家政学会理事、アジア地区家政学会長を務められるなど、得意の英語を活かしてご活躍されている様子がうかがえ、充実した授業でした。秋田から世界に情報発信を続けていただいていることにも感謝したいと思います。

 男女共生=市民共生とおっしゃる先生の意志を尊重されたパーテーは、来賓や肩書きもなく、くじ引きで席を決め、参加者が同じテーブルに着けるように工夫され、谷京子さんの素敵な司会進行や門間幸子さんの楽しいナレーション付きの「思い出アルバム」企画などもあり、あっという間の3時間。アメリカの友人が先生に送ってくれたという今宵のためのドレスも素晴らしくお似合いで、楽しい会となりました。北海道や兵庫県など遠くからも多くの教え子が駆けつけており、先生も感激の様子。秋田の女性たち、いや男性にも蒔いた「澤井のタネ」は、これからどんどん成長することでしょう。私も水をやったりしながらお手伝いさせていただきます。

 充実したひとときを創ってくださった長沼誠子先生を始めとする実行委員の皆様にも感謝申し上げます。

# by shouichiro_sato | 2006-03-19 09:30 | 今日の出来事 | Comments(0)  

「後援会拡大幹事会」を開催

 17日、「佐藤正一郎後援会拡大幹事会」が羽後町活性化センターで開かれました。地元での会合は昨年10月末の「励ます会」以来であり、今回は今後の活動の進め方を協議する会議のみで懇親会はなし。はたして出席してもらえるのか心配でしたが、それも杞憂に。今までの熱心な支援者の皆さん100人ほどが集まり、様々なご意見をいただきました。

 「後援会そのものは平成3年に町長選挙を目指して結成されたものだったが、今度は新しい目標に向かって一から組み立てよう」 「町内では正一郎の想いや考えをまだまだ理解できない人もいる。直接話を聞きたいと思っている。昨年は突然の出馬表明で時間がなかったが、今度はそうした場をつくっていこう」 「役員の世代交代や幹事の拡大、女性の参加をすすめよう」などの提案に、私も決意をあらたにしました。

 長年、私を育ててくれた羽後町の皆さんからは、「一人で小船に乗って大海に漕ぎ出さず、一体となって船出しよう」という気持ちが伝わり、嬉しくなりました。まもなく知事選挙から1周年です。まず地元から「正一郎と語る会」を始め、磐石な体制を作っていきたいと思います。

# by shouichiro_sato | 2006-03-18 09:12 | 政治活動 | Comments(0)  

「ええふりこぎとせやみこぎ」

 16日夜、秋田市であゆかわのぼるさんのエッセイ集「ええふりこぎとせやみこぎ」の出版と、東京商工リサーチの週刊誌「TRS情報weekly」(秋田県版)の「あゆかわのぼるの平成ウオツチング」連載500回を祝う会が開かれました。

 詩人でありながら、テレビやラジオで辛口のお話が評判のあゆかわさんですが、部屋に帰って早速読んでみると「目からウロコ」のことばかり。あっというまに読破?しました。身近にある素朴な疑問、忘れている大切な視点、本末転倒の進め方。あらためてそうした事例が多いことに気がつきます。私も町長として10年近くまちづくりに関わってきましたから、「あれはどうか」「これはどうだ」と冷や汗が出て、飲んだ酒が冷めてしまった次第です。

 「批判があるから進歩する」のですが、いろんな思いがあっても口に出さない人が多い中、秋田にとっては貴重な存在です。時には脅迫まがいの電話もあるといいますが、めげずに続編を期待しています。

 それにしても、私自身が「ええふりこぎとせやみこぎ」に見られていないか、心配になってきます。世間の口に扉を立てることはできませんから、自戒しながら頑張りましょう。

# by shouichiro_sato | 2006-03-17 13:43 | 今日の出来事 | Comments(2)  

県議会を訪ねました

 昼休みを利用して、久しぶりに県議会議事堂を訪ねました。休憩中とはいうものの、何となく空気もピーーンと緊張しているようで、県庁の他のフロアとは違った感じがします。今は3月定例議会の開会中であり、今日は新年度予算の常任委員会審議が行われているということですが、熱心な議論の雰囲気が昼休みでも続いているような状況でした。

 ところで今朝の新聞には、昨日の総務企画・福祉環境両常任委員会で県当局は「子育て支援と教育への施策を充実強化すれば大幅な財源不足になる」として、新たな県民負担が避けられないようなニュアンスの報告をしていました。このところ目立ってきている当局側のスタンスですが、議会の代表質問や一般質問では「負担増の前に、まずは経費の徹底的な見直しを求める」という声が圧倒的。当然のことです。

 限られた歳入の中で県民の負託に応えていくには、事業の取捨選択はもちろん、歳出構造そのものも大胆に見直していかなければなりません。今ひとつ経済が伸び悩んでいる秋田の状況からすると、公共事業が底支えをしてきたことも事実でしょうが、「少子長寿社会」の先端を行く県としては、未来を担う子供たちの育成には思い切った財源手当てが必要だと思います。例えは適当でないかもしれませんが、かつてハタハタの禁漁を実施して資源の回復を実現したように、厳しい財政であればあるほど、「何か」を我慢をすることも大切です。そして、何故これほどまでに県財政が逼迫してきたのか。国の経済政策の影響もあったでしょうが、秋田県の財政運営とその効果について、しっかりと検証することも忘れてはいけません。

 とかく、先のことにばかり目が向いてしまいますが、時には立ち止まって、振り返って見ることも議会の役割だと期待しています。 

# by shouichiro_sato | 2006-03-14 15:44 | 秋田県 | Comments(0)  

地域の組織づくりを進めています

 知事選挙から半年以上が過ぎた昨年12月、お世話になった県内各地の有志の皆さんが再び結集して、「秋田、これでいい会?(会長・三浦捷也さん)」の活動を再開しました。私にとって、羽後町の議員や町長時代からの「佐藤正一郎後援会(会長・佐藤正夫さん)」と、知事選挙後に町内外の女性有志で発足した「元気な秋田を創る女性の会(会長・荘司生子さん)」に続いて、県内で本格的な政治活動を展開する組織が動き出したことは本当にありがたく、感謝の気持ちでいっぱいです。と同時に、これからの責任の重さも感じております。

 特に、「秋田、これでいい会?」は今年の目標として、県内の旧市町村単位に支援組織をつくることにしていますが、11日夜、旧雄勝町(現在の湯沢市)の仲間の皆さんが集い、地域組織として「雄勝地区後援会」を立ち上げてくださいました。特に、呼びかけから準備まで一手に引き受けてくれた前町長の菅義雄さんには大変お世話になりました。その上、満場一致で代表にも就任いただきました。菅さんとは隣り合わせの町の首長として、一緒になって高速道路の整備や山形新幹線の延伸、雄物川の河川改修などに取り組み、湯沢雄勝地方を再び秋田の玄関口にしようと頑張ってきた間柄だけに、「元気な秋田」を創る運動を共に進めることができるようになり、心強くなりました。

 昨年末には、先輩や友人、知人も多い大潟村で「佐藤正一郎大潟後援会(会長・土田章悟さん)」が組織されていますので、これで2ヵ所目となりました。今後は皆さんの所へ伺います。皆さんも既存の政党や団体をこえた、新しい取り組みにご参加ください。 

# by shouichiro_sato | 2006-03-12 16:45 | 政治活動 | Comments(0)