秋田ーソウル便、就航5周年

 秋田空港に初めて就航した国際定期便、大韓航空の「秋田ーソウル」線が今日29日、5周年を迎えました。私もこの間に韓国を訪問し、仁川(インチョン)国際空港から真直ぐに伸びる片側4車線のすばらしい高速道路、明洞地区や南大門市場のにぎわい、伝統ある食文化・民俗芸能など様々な異国の魅力に感動してきました。

 平成12年12月、それまでの民間によるチャーター機運行の実績や国際定期便誘致運動が実を結び、日韓航空協議で秋田―ソウル間の路線開設が決定。早ければ翌年夏には第1便が飛び立つとの情報もあり、一番最初に秋田県を代表する伝統芸能を紹介しようと、羽後町では密かに「西馬音内盆踊り」を韓国で披露することを企画しました。平成13年5月、私は役場の有志など4人で仙台からソウル入り。翌日には光州広域市を訪問して市長と会談し、10月中旬の一週間、同市で開催される韓国最大の「食の祭典・キムチ祭」に特別ゲストとして羽後町民が参加することを約束してきました。

 ところが、遅くても10月初めと思っていた定期便の就航日がなかなか決まらず、結局は間に合いません。光州広域市とは既に約束しており、現地では大きくPRされていることから、羽後町助役・佐藤正夫さんを団長とする一行70人は、やむなく仙台空港からの発着便(アシアナ航空)でソウルへ飛んだのです。幸いにも交流会は大成功で、市民の皆さんも羽後町の皆さんも、「お互いに涙を流して喜んできた」と報告を受けました。秋田からの第1便はそれから10日後のことでした。

 以来、私は機会あるごとに最も身近にある外国・韓国への訪問を勧めています。国の違いや文化の違い、発展著しい産業の状況、北朝鮮との緊張関係などに接すると、改めて自分の国のあり方を考えることができるからです。もちろん秋田空港に直行便が就航してからは、町村会、市町村職員共済組合等の関係する団体の一員として、3回ばかり利用させてもらいました。

 しかし実際には搭乗率の伸び悩みなど課題も多くありますが、最近は韓国から秋田にやってくるお客さんの利用も増えているそうですから、嬉しいかぎりです。5周年を機会に今まで以上に知恵を絞って、これからも相互の交流をさらに深めていきましょう。

# by shouichiro_sato | 2006-10-29 20:01 | 秋田県 | Comments(0)  

「赤信号は止まれ」、と教えられました

 「赤信号 皆で渡れば 怖くない」、そんな思いになってしまいました。

 富山県の高校で発覚した必修科目の未履修問題は、41都道府県の約400校に上ることが判明し、7万人の生徒が単位不足になる見込みとか。このままでは大学受験ができなかったり、来年3月に高校を卒業できない可能性もあり、由々しき事態です。原因は必修科目である世界史を大学入試の科目で選択しなくてもいいために、授業のカリキュラムに組み込んでいなかったという単純なものですが、目指すべく高校教育の本質を逸脱してしまった学校関係者の責任は重大です。

 「学習指導要領」の改定や教育改革を唱える前に、現行の学習指導要領に従わない授業が行われ、学校ぐるみで容認してきたこと。県教育委員会もそうした実態を把握していなかったこと。今年に限ったことではなく、以前からあったのではないかと思われることなど、抜本的に解明されなければならない問題が山積しています。

 高校は予備校とは違いますから、伊吹文明文部科学大臣が「学習指導要領に従った授業を受けた生徒と不公平が生じてはならない」と述べるのは当然です。ただし、深刻な事態を受けて政府は救済策の検討を開始したと報じられていますから、どういう対応策があるのか注目されます。最初に発覚した富山県の高校だけなら、厳しく学校関係者を叱責して責任を取らせて済んだかもしれませんが、これだけ全国に拡大している状況をみると、大学入試を最優先とする高校教育の実態があるようで、教育界全体の問題であり複雑です。

 それにしても最近のニュースでは、校長先生が頭を下げて謝罪する映像が多すぎます。本来、教育の現場こそ嘘や偽りも無く、純粋なものであるはずなのに、何故に誤魔化しや隠蔽が多くなったのか。現場の先生方の声を聞くと、「ゆとり教育」とは裏腹に計画策定や報告などの管理作業が多くなり、教育効果を数字などで評価する傾向が増えているとか。先生方も伸び伸びと生徒と接することができない、とも言われています。どこかが歪んできています。

 「赤信号は止まれ」 子供達に教える前に先生自身が守らなければ、社会のルールは崩壊してしまいます。

# by shouichiro_sato | 2006-10-28 21:06 | 社会・話題 | Comments(0)  

「相田みつを」展を開催中

 「道はじぶんで つくる 道は自分で ひらく 人のつくったものは じぶんの道には ならない」

 「花を支える枝 枝を支える幹 幹を支える根 根はみえねんだ なあ」

 「相田みつを」の心に響くことばを集めた展覧会(主催・秋田魁新報社)が、秋田駅に隣接する秋田拠点センター「アルヴェ」1階特設会場で、11月5日まで開催されています。独特な書体と独自の文章スタイルで有名な作品、プライベートな写真も多くあり、瞬く間に相田みつをの世界に引き込まれてしまいました。貧困時代やご家族、書き損じた(失礼)紙の山に埋もれている姿の写真、愛用の筆や墨、落款などもあり、興味をそそるものばかりです。

 さらに驚いたのは、会場の一角にあった新聞記事。相田が若いときに仏法を学んだ栃木県足利市の曹洞宗・高福寺の現住職、武井全補氏が秋田魁新報夕刊(文化欄)に寄せた文章の一節です。相田の生涯の師となる禅僧、武井哲応老師(故人)は明治43年(1910年)に秋田県羽後町の農家に生まれ、横手市大森町の寺で修行し15歳で得度。昭和16年に同寺の第17世住職になったとありました。相田みつをを語るときに必ず登場する人物、武井老師が郷土の出身者だったとは知りませんでした。(恥ずかしながら、勉強不足です)

 老師の教えから「いのち」の尊さを学び、ほのぼのとした人間愛、生きる勇気を私達にも与えてくれています。人間の自分を素直に表現し、読む人、見る人が納得してしまう作品の数々。会場を訪れた多くの人達も、無言でありながらも満足感あふれる表情をしていました。

 私はいつも内ポケットに、(町長時代に)公用車の運転手・工藤喜好さんから貰ったボールペンを入れていますが、それには、「つまづいたって いいじゃないか にんげん だもの」と書かれています。嬉しいことに、その本物の書も展示されておりました。

# by shouichiro_sato | 2006-10-27 16:06 | 今日の出来事 | Comments(0)  

「地方自治」の信頼を回復せよ!

 福島県・佐藤栄佐久前知事の辞職に伴う出直し知事選挙が、26日告示されました。任期途中で実弟が逮捕された道義的責任をとったものの、その後の東京地検特捜部の調べで、県発注のダム工事をめぐる収賄容疑も浮上し、前知事自身も逮捕されるという「汚職事件」に発展しています。知事と業者との癒着構造は、平成5年のゼネコン汚職で茨城、宮城両県の知事が収賄容疑で逮捕されたのを機会に、根絶されたと思っていましたが、巧妙な手口で繰り返されていました。住民の知事や自治体に対する信頼感を大きく損ねるもので、誠に残念です。

 今年の夏には、岐阜県庁で17億円近い裏金問題が明らかになり、全庁の6割もの職員(4,421人)が処分されました。当時の梶原拓前知事も謝罪会見を行い、返還に応じることになっています。梶原氏は全国知事会会長として、地方分権確立の先頭にたって闘う知事の象徴であっただけに、県民や国民の期待を裏切る事態となってしまいました。これも残念な話です。

 佐藤氏も国に対してはっきりと地方の主張をする知事として有名で、東京一極集中に異論を唱え、「市町村合併は強制しない」方針を打ち出すなど地方主権論者でしたから、私には頼もしい存在に見えました。しかしながら、食糧費問題で佐々木知事が辞任した秋田県もそうでしたが、こうした問題で地方のリーダーが失脚?すること自体、自分たちの足元で地方自治への信頼を崩壊させているのですから、責任は重大。権力者も長くなると、「裸の王様」になりがち。自己主張が強くなり、他人の意見に耳を貸さなくなると危険です。

 ところで福島県知事選挙初日、街頭での第一声でチョッと気になる言葉がありました。自民党・公明党の推薦を受けた候補者に対して、民主党・社民党の推薦を受けた候補者いわく、「私は一党一派に属さない、県民党です」と。二人とも無所属ですが政党の推薦を受けていますから、堂々と推薦した政党を紹介して自分の立場を明快にすればいいのに、県民をカモフラージュする作戦です。そういえば、秋田県知事選挙でも同じような攻撃がありましたネ。

# by shouichiro_sato | 2006-10-26 21:51 | 国政・時事 | Comments(0)  

「終わり良ければ、すべて良し」

 「念ずれば花開く」とは、今日の日のことをいうのでしょうか。天気予報では雨マークが消え、インターネットで雨雲の予想を見ても心配なし。朝一番に総合体育館の準備状況を確認しては見たものの、加藤教育長(町実施副本部長)と「閉会式は会場でやりましょう」。

 羽後会場では午前9時30分から、女子と男子の決勝戦です。小学校の児童達も応援に駆けつけ、お客さんも多くて大盛況。風も無く、暖かい日差しも戻って絶好のコンデションとなりました。優勝は女子が岐阜県の「ソニー一宮」、男子は愛知県の「名古屋フラーテルホッケーチーム」。ワールドカップにも多くの選手を送り出している両チームが前評判通りの実力を発揮し、圧勝しました。そして、「終わり良ければ、すべて良し」。高瀬・三輪・羽後の三中学校合同の吹奏楽隊の演奏で閉会式も引き締まり、大会は無事に終了しました。

 これからのホッケー競技は、11月に全日本男子の選手権大会が行われ、同12日にはNHKテレビで決勝戦の模様が中継される予定です。年末にはアジア大会もあり、北京オリンピックの出場が決まる可能性もあります。今回の社会人大会で活躍した選手はほとんどが日本代表のメンバーであり、今後が楽しみです。5日間も国内最高レベルの試合を見続けたためか、ホッケー競技を身近に感じるようになり、(競技経験のない)私にとっても、貴重な体験でした。

 1906年(明治39年)11月23日、東京の芝公園グランドで英国人が慶応義塾に教えたのが日本のホッケーの始まりで、今年は丁度100年目。来年3月10日には、東京・帝国ホテルで「百周年記念祝賀会」も開催されます。偶然にもそうした節目の時に、国体競技を羽後町で開催できることは嬉しいことです。財政事情が厳しい中で町当局も大変でしょうが、皆の英知を結集して、関係者はもとより町民の皆さんも喜んでくれる国体になるよう、頑張っていきたいものです。

 関係者の皆さん、5日間ご苦労さまでした。私も今夜はゆっくりさせてもらいます。

# by shouichiro_sato | 2006-10-25 18:00 | 秋田わか杉国体 | Comments(0)  

寒い一日でしたが・・・

 昨日からの雨は、今日も冷たく降り続きました。全国のトップクラスの選手が参加している「全日本社会人ホッケー選手権大会」は、いよいよ準決勝の山場を迎えているのに、天気が悪くて応援を予定していた町内の子ども達も参加できず、残念です。

 それでも試合は好ゲームばかり。人工芝コートのコンデションには問題も無く、冷たい雨を吹き飛ばすファイトあふれるプレーの連続に、感激しました。こういう日は、選手はもちろんですが競技役員や各係の皆さんも大変なはずなのに、誰ひとり文句をいう人も無く、一致協力して頑張っている姿に、これまた感謝です。

 明日の天気予報を気にしながら、午後には雨天の場合の閉会式を想定し、総合体育館に会場設営が始まり、それこそ全ての状況に対応したリハーサルとなりました。こういう時の役場職員(実施本部担当者)のチームワークは見事なものです。皆さん、ご苦労さまでした。

 夜は、北都銀行西馬音内支店の顧客の会である「北都会」が主催する異業種交流会に出席。日本経済新聞社秋田支局長・加藤嘉明さんの講演会がありました。演題は「地域自立の条件」。今後の自治体のあり方や地域産業の未来についてお話され、最後に加藤さんの好きな言葉を紹介してくれました。 

 「Nothing happens unless first a dream.」 詩人カール・サンドバーグの言葉で、「夢が無ければ、何も始まらない」。

 雨の中で日本一、いや、オリンピックでのメダルという目標に向かって頑張るホッケー選手の姿を思い出すと同時に、(合併に参加しなかった町ですが)これからのまちづくりに元気をいただきました。

# by shouichiro_sato | 2006-10-24 23:55 | 秋田わか杉国体 | Comments(0)  

ドーピング検査が実施されました

 21日から行われている「全日本社会人ホッケー選手権大会」では、初日と昨日の2日間、羽後町会場でドーピング検査が実施されました。東京から派遣された専門の検査官が、試合毎に競技を終えた選手を1チームから抽選で3名指名し、決められた手続きにより採尿しました。羽後町の競技実施本部では、検査官の指示に従い補助員を務めましたが、町内では初めてのことであり担当者も緊張したといいます。

 (財)日本体育協会ではアンチ・ドーピング活動に賛同して積極的にこの活動を行っており、平成15年の静岡国体から、国体でもドーピング検査を実施しています。特に来年の秋田わか杉国体では、全ての競技でドーピング検査が行われるようです。国体を国内最高の質の高い競技大会として開催するために、世界規定に基づいた検査であり、その意味でも貴重な初体験になりました。

 検査対象になった選手は通告をされると同性の係員の監視下におかれ、立ち会いのもとで採尿するそうですから大変です。国際大会などで活躍している全日本のメンバーならともかく、初めて検査を受けることになった選手にはチョット気の毒な感じもしますが、公正な競技を行うにはやむを得ないことでしょう。「さすがに権威のある全国大会は違う」と、勝利に酔う暇もないままに、皆さんが協力しておりました。

 男子の初戦を突破した「秋田クラブ」でしたが、今日の2回戦では「名古屋ブラックラビッツ」(愛知県)と対戦し、7―0で完敗。自分たちのホッケーをさせてもらえませんでした。しかし、相手は元全日本のメンバーが主流のチームだけに、横綱の胸を借りたぶつかり稽古のようで、納得です。この悔しさを来年まで忘れず、さらに技術力を高めるしかありません。

 朝から小雨模様で、日中の最高気温も15度程度。本部席などには石油ストーブを用意した3日目でした。明日の天気はさらに悪くなるようで心配です。選手はもとより、競技運営に関わる多くの皆さんも防寒対策を万全にして頑張りましょう。私も一日中、長袖の下着に「ホカロン」を貼り付けておりましたが、明日はもう一工夫しなければなりません。 

# by shouichiro_sato | 2006-10-23 18:16 | 秋田わか杉国体 | Comments(0)  

ホッケー男子、「秋田クラブ」が初戦を突破

 全日本社会人ホッケー選手権大会2日目。朝には霜が降るほどの冷え込みでしたが、日中は天候に恵まれて、競技は順調です。

 まだ1回戦ですから強豪チームは出場していませんが、それでも各地域の予選を勝ち抜いてきたチームの全国大会。闘志あふれるプレーやスピードのあるゲーム展開に観衆からは感嘆、驚きの声が上がるほどでした。

 十文字会場の男子は、地元の「秋田クラブ」が東京都代表の「東京ガス」と対戦。前半のチャンスで得た1点を守りきり、結局1―0で初戦を突破しました。私は羽後会場の本部を離れることができませんでしたので、どうなるものかとハラハラしていましたが、羽後町の関係者から勝利の報告を聞いて、思わず歓声をあげてしまいました。本当に嬉しいスタートです。

 夜には、競技役員が宿泊している湯沢ロイヤルホテルを訪ね、「日本社会人ホッケー連盟」の内藤政武会長を始めとする幹部の方々と懇談する機会を持つことができました。この2日間はミーテングなどで時間も無かったと聞きましたので、今夜は競技運営についての意見交換会です。その結果、様々な反省点はあるものの、このリハーサル大会を教訓にして来年の国体は完璧なものにしたい、十分にできると確信して家路につきました。

# by shouichiro_sato | 2006-10-22 23:41 | 秋田わか杉国体 | Comments(0)  

中学生が主役のリハーサル大会

 心配された天気も良好で、ホットしました。来年の秋田わか杉国体ホッケー競技のリハーサル大会である、「2006年度全日本社会人ホッケー選手権大会」の開会式が、午前9時から羽後町の多目的運動広場(人工芝ホッケー場)で行われ、25日までの日程で試合が始まりました。

 大会には全国各ブロックの予選を勝ち抜いた男子28チーム、女子12チームが参加しています。選手の中には今年のワールドカップ大会(男子はドイツ、女子はスペイン)に参加した全日本の登録メンバーも多数おり、初日から同点のためにPS戦があるなど、好ゲームが展開されました。ただ、残念なことに秋田県の女子チーム「秋田クラブ」は、ワールドカップのメンバーがいる大分県の「しいたけ本」に7―0で惨敗。力の差があることはわかっていましたが、防戦一方でシュートのチャンスすら与えてもらえず、全国の壁の厚さを実感したゲームでした。

 しかしながら、応援に来てくれた高瀬中学校の皆さんには感謝・感激で、頭が下がりました。同中の猪本ゆかり先生が「秋田クラブ」の主将を務めていることもあり、全校応援で会場を盛り上げてくれたのです。応援部員を先頭にして大きな声で声援を送る中学生の姿に、私は目頭が熱くなりました。

 振り返ってみると今日は、中学生に助けられた一日になった感じです。開会式でのプラカード担当や吹奏楽と合唱、競技補助員などに多くの中学生が参加した他、町内の3中学校の生徒全員が応援にも協力してくれました。特に、気温が下がってきた午後からは風邪をひいたりしないかと心配でした。しかし、皆さん頑張ってくれました。ゲームの主役はいうまでもなく選手の皆さんですが、今日の会場の主役は中学生の皆さんでした。皆さんありがとうございました。

# by shouichiro_sato | 2006-10-21 22:33 | 秋田わか杉国体 | Comments(0)  

小松由佳さん、TDK硬式野球部に県民栄誉章

 秋田県県民栄誉章顕彰式が今日、午前10時30分から県庁第2庁舎大会議室で行われました。受章したのは世界第2の高峰K2(8,611メートル)に日本人女性として初登頂に成功した、東京都府中市の小松由佳さん(24歳・秋田市出身)と、第77回都市対抗野球大会で初優勝を果たしたTDK硬式野球部(にかほ市)です。

 表彰状の授与の後、小松さんとTDK監督の船木千代美さんの話(報告)が聞けるということで、私も参加させていただきました。以下は、そのお二人の印象に残った言葉です。

 「登山には勝ち負けはないのに、名誉ある章をいただくことができてうれしい」 「雪崩と落石が怖かったが、自分は大丈夫だと暗示をかけていた」 「非現実的な世界に身をおく。しかし不安より期待が大きいから登れた」 「頂上に立っても満足感はない、下りが大変危険だから。ベースキャンプ(安全な場所)へ帰って一番満足した」 「山の仲間は共に助け合っていく関係だ」 「K2は私の一つの通過点に過ぎない。心配・応援してくれている両親、仲間に感謝している」

 小松さんはチャーミングな普通のお嬢さん。どこにそうした冒険心やファイトがあるのだろうと疑ってしまいましたが・・・・・実に爽やかで素晴らしい方でした。

 「勝つ野球をしたい。野球ができる喜びに感謝したい。会社に愛される野球部でありたい」 「守り抜く野球、1点を取りに行く野球ではクリーンナップでも犠打が必要だ」 「2006年の目標は都市対抗ベスト4だった。戦う集団・全員野球をスローガンにした」 「ほとんどの選手は野球を長くやっている。今さら欠点を修正するより、長所を伸ばすことが重要だ」 「欠点に目がいくと個人の良さが死んでしまうことがある。良いところを引き出さないといけない」

 精悍で、いかにもスポーツマンらしい船木監督。選手としても活躍してきた方ですが、監督就任後は私情が移らないように、選手と飲食をともにすることも少なかったとか。凛とした姿には勝負師の気迫がありました。

 お二人には、一つのことを究めた輝きがあります。秋田県の名を高め、社会に明るい希望を与えた功績は正しく県民の誇りです。誠におめでとうございました。そして、ありがとうございました。

# by shouichiro_sato | 2006-10-20 22:49 | 秋田県 | Comments(0)